“陣痛を経て母親になる”という無意味な精神論が、無痛分娩の普及を阻み、事故を招いている。

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Photo by Kelly Sue DeConnick from Flickr

 テレビドラマの陣痛シーンを見るたび、「こんな目に遭うくらいなら、子どもなんていらない」と思っていた私が出産できたのは、ひとえに無痛分娩のおかげである。

 病院によっては、出産直前だけ麻酔を使うところや、あえて「出産する感覚」を残すところもあるらしいが、陣痛に対する思い入れなど微塵もない私は、陣痛が始まるや否や麻酔を入れてもらい、一切痛い目に遭わずに済んだ。とても満足だったので、女性誌の取材でも無痛分娩を勧め、近しい人たちにも勧めてきた。

 ところが、今春からにわかに無痛分娩を危険視する報道が相次ぎ、無痛分娩を希望していた妊婦が急遽、普通(?)分娩へと予定を変更するということが起きているらしい。

 一連の報道の発端となったのは、417日付け読売新聞の「麻酔使った『無痛分娩』で13人死亡厚労省、急変対応求める緊急提言」という記事である。

出産の痛みを和らげる「無痛分娩」について、厚生労働省研究班(主任研究者・池田智明三重大教授)は16日、医療機関に対し、急変時に対応できる十分な体制を整えた上で実施するよう求める緊急提言を発表した。

研究班は、20101月から164月までに報告された298件の妊産婦死亡例を分析。無痛分娩を行っていた死亡例が13件(4%)あり、うち1件が麻酔薬による中毒症状で死亡、12件は大量出血や羊水が血液中に入ることで起きる羊水塞栓症などだったという。 池田教授によると、国内の無痛分娩は近年、増加傾向にあり、データ上、無痛分娩で死亡率が明らかに高まるとは言えないという。ただし、「陣痛促進剤の使用や(赤ちゃんの頭を引っ張る)吸引分娩も増えるため、緊急時に対応できる技術と体制を整えることが必要だ」と話している。

 現在、無痛分娩は分娩全体の少なくとも5%を占めている()。したがって、妊産婦死亡例のうち4%という数字は高いとはいえない。しかも「無痛分娩による死亡例」ではなく、「無痛分娩を行っていた死亡例」であり、無痛分娩に不可欠な「麻酔」が原因だった例は1件だけである。これを指して「『無痛分娩』で13人死亡」と言えるだろうか。不当な無痛分娩バッシングである。

 大量出血や羊水塞栓症は、無痛分娩に限らず、通常の出産でも起こりうる。また、この研究班の主任研究者である池田教授自身も「無痛分娩で死亡率が明らかに高まるとは言えない」と述べている。そもそも無痛分娩に限らず、どんなお産でも「急変時に対応できる十分な体制を整えた上で実施する」のが当たり前である。

 いずれにしても、この読売新聞の記事タイトルだけ見た人は、無痛分娩に対して悪いイメージを持ったに違いない。そもそも自然なお産が良しとされている日本では、無痛分娩は分が悪いのである。

 無痛分娩に使用される「硬膜外麻酔」は、あらゆる手術の際に用いられるごく一般的な麻酔であり、これが危険だということになれば、他の手術も同様に危険だということになる。もちろん、麻酔自体が安全とは言い切れないのだが、分娩時の硬膜外麻酔だけが危険視されるのは不可解である。

 ただ、いまだ無痛分娩が一般的でない日本では、産科の医師がみな硬膜外麻酔に精通しているとは限らないということは言える。したがって、無痛分娩をしたい場合には、無痛分娩を扱っている件数が多く、熟練した医師がいる産院を選ぶことが重要である。

 また、自然なお産を良しとする風潮のなかで悪名高い陣痛促進剤も、危険なだけの薬(もしくは、病院や医師の都合に合わせてお産を短時間で済ませるための薬)であれば、すでに使用が中止されているはずである。陣痛促進剤によって救われている命の方が多いからこそ使用されているのである。

 この読売新聞の記事が出たあと、各メディアが無痛分娩による過去の事故例を報じはじめた。

 例えば、2012年に京都府の産院で無痛分娩をしたロシア国籍の女性は、医師が誤って麻酔針を深く刺してしまったことが原因で心肺停止状態となった(遺族側の主張)。麻酔薬の量は通常の2.54倍だったという。同じ産院で昨年、帝王切開をした女性と新生児が、やはり麻酔ミスで重い障害を負っている。

 また、2015年に神戸市の産院で無痛分娩をした女性が、直後に容態が悪化して死亡したが、医師は麻酔投与後、女性のそばを離れており、容態の急変に気がつかず対応が遅れた。

 いずれも痛ましい事故であり、遺族が病院や医師を訴えたのも当然だろう。麻酔を扱う技術がないのであれば、「当院では無痛分娩はできない」と断るべきであり、麻酔投与後の産婦を放置するなどというのは、無責任の極みである。どう見ても人為的な事故であり、これらの事故を以て無痛分娩そのものを危険視するのは見当違いである。

 しかし、残念ながら無痛分娩バッシングは止まず、71日には上毛新聞に次のような記事が掲載された。

少子化対策の一環で本年度、全国でも珍しい無痛分娩費用の助成事業を始めた群馬県下仁田町は30日、事業化後、無痛分娩で出産した女性の死亡事例などが明るみになっているものの、今後も事業を継続する意向を明らかにした。年度当初から3カ月たったが、町に対し助成を申請する人はまだ出ていない。
制度3カ月で申請なし 無痛分娩の助成継続 下仁田町」(最終閲覧:81814時)

 当該記事では「死亡事例などが明るみになっているものの」とあるように、無痛分娩費用の助成を継続する町を批判する内容となっている。

 無痛分娩には「痛くない」というわかりやすいメリットのほか、産後の回復が早いというメリットもある。無痛分娩が主流の国で産婦の入院期間が短い理由の一つに、分娩の際に無駄な体力を使っていないということがある。また、高血圧の産婦や心肺が弱い産婦にとって激しい陣痛は命に関わるため、かつては出産を諦めざるをえなかったが、無痛分娩を選択することによって無事に出産ができるようになった。

 つまり、少子化対策として無痛分娩費用を助成するという下仁田町の事業は的を射ており、実際的である。「町に対し助成を申請する人はまだ出ていない」のは、無痛分娩をただ危険視するだけの無責任な報道のせいであろう。

 出産に関する情報サイトには、「嫁が無痛分娩をしたいなどと甘えたことを申しております」「無痛分娩をしたいと言ったら、夫に『痛みから逃げている』と言われました」といった相談が寄せられており、「陣痛を経験してこそ立派な母親になれる」といった精神論がいまだ根強いことがわかる。

 なぜ出産の痛みだけが賞賛されるのか。 陣痛は尊くて、帝王切開の痛みはただの痛みなのか。陣痛を経験しないと親になれないなら、男性や養親は永遠に親にはなれないのか。無痛分娩が主流の国の産婦たちは根性が足りないとでも言うのか。

 陣痛を如何ともしがたかった時代には、そうした精神論にも産婦を叱咤激励する意味合いがあったのだろうが、いまや必要ないだろう。無意味な精神論や、自然なお産を過剰に賛美する風潮が無痛分娩の普及を阻み、限られた産院でしか安全な無痛分娩が行えないという状況を作り、その結果事故が起きるという悪循環を生んでいる。

)日本産婦人科医会が全国約2400の産科医療機関を対象として6月に開始した調査の回収率約40%時点での中間報告。

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