乳幼児たちの児童ポルノ製造等の行為は、実妹への長年の性的虐待ののちに始まった/殺人シッター公判

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 その上で取り調べではこの医師に児童らの写真を見てもらい、これが人為的に行われたものか、そうでないかを一つ一つ確認したという。いずれも無理やり包皮を剥かれて赤く炎症を起こしていると語られていた。

 読み上げののち、C君のお母さんの証人尋問が行われた。龍琥君とB君の母親と同様、遮蔽措置が取られ傍聴席からその姿を伺うことはできない。平成253月に、生後8カ月だったC君を、自宅の二階で3時間、被告人に見てもらった際に、C君が被害にあったという。C君の家はお母さんの仕事の都合で防音措置が取られており、階上での声が聞こえてくることはなかった。

検察官「オムツを替えるときにC君の包皮が剥けたことは?」
お母さん「ないです」
検察官「おしりふきで陰茎を拭くときに包皮が剥けたことは?」
お母さん「ないです」

 このようにあえて確認が行われるということは、物袋は「オムツ替えのときに勝手に剥けた」と主張しているのだろう。実際そうだったが、C君の母親の尋問を続けよう。この日は預ける30分前にオムツを替えており、下痢などの症状はなかった。このときも、前日にお風呂に入れた際も、C君の陰茎に異常はみられなかった。だが、預けた翌日の朝、オムツ替えのために陰茎を見たところ、真っ赤に腫れていたのだという。

「おちんちんが赤く腫れて、血が出てるかと思った感じでした。すぐに主人に、写真を撮ってそれをメールしました」

 その後すぐに病院を受診し、塗り薬を処方してもらったという。母親は、ときに涙ぐみながら、こう語った。

「正直……この裁判でこういう証言をすること自体……警察や検察の方からいろんな確認を何度も……しなければならない、とても残酷な時間をずっと過ごしてきました。警察の方からは、どうか自分を責めないでくださいと何度も励まされてきましたが、自分にとって息子は目に入れても痛くない、何かあったとき、命と引き換えにすぐに差し出すほど大切な存在です。自分を責めるなと言われても、なぜあの日に仕事が入ったのか、なぜあの日、いつものシッターさんとスケジュールが合わなかったのか、なぜあの日私は……容疑者を信用して息子を預けてしまったのか……。自分を責めずにはいられません。きっと自分が死ぬまで、この気持ちを持ち続けていると思います……。本当はすべてなかったことにしたいぐらいのことですが……私がここで証言する理由はひとつ、容疑者が一生この社会に出てこれないようにしてほしい、それが、私ができる、息子に対しての唯一の償いだと思っています。どうか容疑者を一生戻ってこれないように裁いてください」

 物袋はこれを、いつもと変わらぬ無表情で聞いていた。傍聴席にはたびたび物袋の実母がおり、この日も座っていたが、何か手遊びをしている様子だった。翌日の被告人質問で物袋はこの件に関して「オムツを替えるときにおしりふきで陰茎を拭くときに剥けた、気づいたら剥けていた、びっくりした」と話した。戻そうとしたが戻らなかったとも述べた。だが母親にそれを報告していない。

「ん~特に知らせる必要ないかなと思いました」

 自分を責め続けている母親との落差が果てしない。この時の被告人質問では、事件の核心である「物袋は性的な意図を持ってこうした行為を行なっていたのか」ということについて激しいやり取りが交わされた。物袋はこうした行為を「自分もやられたからです」と繰り返す。トラウマによるフラッシュバックから、こうした行為を繰り返したというのが物袋の言い分だった。そして、そうした行為の最初の被害者は、物袋の実の妹だった。

 ものすごく長くなるが、やり取りを以下に再現する。

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