社会

「私は不利益を被ってない」という女性が抱く、フェミニズムへの不信感/山崎ナオコーラ『母ではなくて、親になる』

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 別のページでは、「イクメン」という言葉についての疑問と、夫が親として主体的に育児するには妻が「私こそ育児のメインである」という意識を変えるべきだという流れで、ナオコーラさんは『最近は女性の意見の方が世間で通り易い傾向にあるから、男性は女性のそういった要望を真に受けてしまう』と書いている。やはり彼女にとっては、女性が強く男性が弱い社会の構図が見えているというか、「フェミニズムが男性を責めている」ように感じているところがあるのではないか。「男女平等」を叫ぶ女性だって、男性に対しては“男だから”という理屈で、家族のための生活費を稼ぎ、妻子を守り、決断力と威厳を持つ存在でいてほしい、と望んでいるじゃないか、と……。

 ナオコーラさんが「女性作家」として紹介されるのに抵抗を感じるのは、「女性作家」の地位が低いからではない。むしろ『男性の作家よりも、女性の作家は重く扱われがちだ』とさえ感じている。けれど彼女は、「性別でカテゴライズされずに社会参加をしたい」という信念があり、だから「女性作家」と呼ばれることを嫌悪する。また、これまでに女性であるがゆえの不利益を感じた経験をあまり持たないというナオコーラさんから見ると、男性批判交じりに女性解放や女性の地位向上を声高に訴える行動は違和感を覚えるのかもしれない。

 最近のフェミニズム運動に対して、なぜそこまで……と困惑し、猜疑心を持つ女性は(表立って見えていないだけで)少なくないのではないかとも思う。「女だから」というだけの理由でフェミニズムに関心を持つわけではないし、「私は現行社会で不利益を被っていない」と思っている女性、「男が稼ぎ女は家を守る、それが健全だ」と信じる女性、「女を武器にしていたい」女性、様々いる。

 私自身も、女性であることでわかりやすい不利益を被った経験はあまり記憶になく、「嫌いな男性」はいても「男性全般」を嫌悪・批判する気持ちはない。また、「女性代表」「女性の味方」という括りかたにも違和感を覚えている。“同じ女性”だからといって必ずしも価値観が合うわけでもなければ、わかり合えるものでもない。そうした意味で、ナオコーラさんに共感を覚える部分は多い。けれども、「今は女性が優遇されている」「女性の意見の方が世間で通り易い傾向にある」と言われると、それは頷けないのだ。

男女の対立から離れて

 皮肉のつもりで書いている側面もあるのかもしれないが、『今の時代、女性は強者だ。女性が優遇される時代を生きている自覚を持ち、弱く可愛らしい存在である男性には優しくしてあげなくてはならない』というナオコーラさんの言葉に、納得はできない。2017年現在は女性が優遇される時代ではないし、そしてフェミニズムは女性の優遇を訴えているのではないからだ。

 ナオコーラさんご夫婦の場合、妻であるナオコーラさんの収入が夫のそれを上回り、ナオコーラさんは家庭内における経済的強者である。さらに、夫は「男らしさ」とは無縁の穏やかで可愛らしい性格なのだという。しかし、そのような夫婦関係ではなく、家計はどちらかといえば夫の収入に依存し、妻はパート収入で稼ぎ家事育児などのシャドウワークをこなすという家庭に関してはどうだろうか。また、夫への不満をネット上に書き込む妻は、「弱者である夫をいじめている」のだろうか。

 前述したとおり、男女の賃金格差は歴然としていて、夫が経済的強者である夫婦が圧倒的に多い。政治家や企業の管理職の男女比率にも大きな開きがある。夫婦関係だけでなく、日々報道されるいくつもの性暴力事件、女性が化粧しオシャレすることをあるべき姿だと提起する広告、キャリアを伸ばしたいがワンオペ育児で仕事と家庭の板挟みになってしまう母親、シングルマザーの貧困率の割合などを参照しても、「女性の意見が通り易い」「女性が強者となった社会」と言えるだろうか。

 女性は強者で、男性は弱者だと言い切ることは不可能だし、逆に女性が弱者・男性が強者と言い切ることも出来ない。それこそがばかばかしい性別イメージに縛られている上、“男なのに(女なのに)、自分が強者じゃない”と苦しむ人が出るし、そういう画一的な性別イメージに頼ると、男性のDV被害や性暴力被害が理解されにくい。ナオコーラさんが繰り返すように、男性も女性も多様だからだ。当然、どちらの性別にも属さないマイノリティも。男が、女が、ではなく、男も女も男女の枠組みに当てはまらない性も、それぞれに先入観や偏見に左右されない独立した存在としてあるべきだ。

 第4世代フェミニズム(あらゆる性を持つすべての人々の平等を目指す)の活動を行う社会派アートグループ団体「明日少女隊」が、岩波書店『広辞苑』の「フェミニズム」「フェミニスト」の項目が誤った認識を広めてしまうとして書き換えを求める署名運動(拝啓 広辞苑様、フェミニズムが「性別間の平等」を願う思想であると書いてください)を行っている。『広辞苑』では、次のように表記されている。

「フェミニズム…女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し、組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論。」
「フェミニスト…女性解放論者。女権拡張論者。俗に、女に甘い男。」

 女性を男性の上に立たせたいわけではないし、男や社会に甘やかされたいわけでもない。男と戦って倒したいわけでもないし、そもそも男女は敵同士ではないはずである。ただ単に、女性が女性だという理由で権利を脅かされることも、性別を根拠に社会的な抑圧を受けることも、性別に付与するイメージで苦しめられることも、御免こうむるというだけのことだ。誤解はとけるだろうか。

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