問題視される“スマホ育児”と親の罪悪感。スマホ活用は「手抜き」「楽してる」「子供に悪影響」なのか?

【この記事のキーワード】

「親は楽しててどうかと思う」

「スマホ育児」をその言葉の通り捉えれば、「スマホを使って育児をする行為」であり、またそんなフレーズをメディア等で取り上げるから、いざと言う時にだけ利用していても

手抜きだとか子どもと向き合っていないとか“イメージ”のみが先行してしまうのではないだろうか。

つい最近も、子どもにスマホ、のこの行為を巡って実母と議論めいたことになった。

「最近電車とかで、子どもにスマホ見せてる親ホント多いけど……親はそれで楽しててどうなのかと思う」

そういう母親に対し、「いやいや! 子どもが電車で騒いだりしたら迷惑だし、それはそれで“しつけがなってない”とか言われるでしょう!?」と噛みついてしまった。

現に私もこの1年、公共の場で子どもが大声を出したり、間が持たず体を大きく動かしたりした時に、居合わせた周囲の人たちからあからさまに迷惑そうな顔を向けられたことは一度や二度じゃなかった。

親の責任だ、とみなされているのだろう。しかしイチ親としてみれば、子どもが当たり前に抱く「登ってみたい」「くぐってみたい」「投げてみたい」といった好奇心を「しつけがなってない」の一括りにされて押さえ込まれるのも納得がいかない。

子供が泣いたり騒いだりすれば「迷惑」、それでいて周囲に迷惑をかけないようにスマホを活用すると実母のように「親が楽してる。子どもと向き合ってない」と言われるのでは、八方ふさがりだ。

先述の役所からもらったリーフレットや日本小児科医会のお偉い先生方の忠告をそのまま受け取れば「どんな時も子どもと向き合いなさい」「愚図ってもスマホに頼らずコミュニケーションを図りなさい」となるが、現実問題として、たとえば電車に乗っているとき、それが許される環境にないだろう。ハッキリ言って現場を無視した理想論としか思えない。それに、自宅であっても火や包丁を使っているとき、自分が体調を崩して寝ていたいとき、「今は向き合えませんので」と言っていいはずだ。もっと言えば、親だからっていつでも元気溌剌だと思うなよ、である。親だって疲れる。

発信力のある団体が、上記のような(精神論にも近いような)御高説を大々的に垂れ流すことで、ますます「スマホ=悪」のイメージは強まり、非育児中の人はそうした親子を白い目で見て、親は罪悪感を背負わされる。となり、やりにくい。

生活に必要なたくさんの項目をこなしながら、まだしつけも通じない子供ともどんな時も常に向き合う……
真面目にやろうとしてしまう人ほど、よほどの精神力がなければ、日々少しずつ心身疲弊し、余裕も削られていくことだろう。
余裕を失い精神的に追い詰められることで、子どもを頻繁に怒鳴ったり、手を上げてしまうことだってあるかもしれない。

スーパーなどでやたら子どもに怒鳴っているお母さんを見かけると、以前は「威圧的だな、嫌だな」と思っていたが、今では怒鳴らざるをえないお母さんほど普段色んなものに縛られ、頑張っている人なんじゃないか、という見方もするようになった。

もし、余裕のなさから子どもとの心の距離感ができてしまうのであれば、少しの時間スマホやタブレットに頼ることでかえって親子共に健康的な時間が過ごせるのではないだろうか。

健康な発達への影響という観点では私も不安を煽られるが、そもそも、スマホやタブレットの類が世の中に普及してからたかだか数年。この数年という短い時間でスマホやタブレットが子どもに与える影響というものを判別しようとするのは時期尚早ではないだろうか。

どの時代にもあったように“新しい物”が普及すれば、ひと昔前の時代を「昔は良かった」と美化して「今の若いやつは。ああヤダヤダ……!」と言いたがる日本人の風潮にも問題があるような気もしている。テレビは、マンガは、ビデオは、ゲームは、子供たちにとって毒だっただろうか。日常的にテレビを見てマンガを読みゲームをしてきた世代ももういい大人たちだ。私たちは、健康な発達を妨げられたのだろうか?

ともあれ、スマホやタブレットを幼児期の子供が使用することが、子供の発達にどういう影響を及ぼすのか、今はまだ研究を進めてもらうしかないのだろう。

同時に、子育て世代の親たちにただ罪悪感を与えまくるだけでは「良い子育て」につながりようがないことも、広く認知されてほしい。

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