『ピンヒールははかない』というタイトルは、著者の友人の女性があたらしくビジネスを立ち上げて名刺を作る際、自分を表現するフレーズを入れようということでいくつか考案したうちのひとつ「I Don’t Wear Pumps(パンプスははかない)」が気に入って決めたそうだ。その友人も「パンプス、まったくはかないわけじゃないんだけど」と言う。それでもパンプスははかないと宣言するのは、ビジネスパートナーでもあったボーイフレンドとの関係を解消し、「公私ともシングル」という新しい設定になんとか慣れようとしている彼女が、そんな大変な状況でも走り続けたいという宣言なのだ、と著者は受けとめる。そして自分自身も、過去にはかかとの高い靴を日常的にはいていた時期もあったのに、いつからかフラットシューズばかりはくようになったことを思い、その変化について省察する。
「大人として扱われるために、なめられないためにヒールをはいていた自分も、いつしか、スニーカーをはいていてもなめられなくなった。肩の力を抜いているときの自分を好きだと思ってくれる人間じゃなかったら、付き合うのはしんどいと感じるようになった。必要とあれば走ったり、自転車に乗ったりすることが可能なスタイルでいたい。そして、ごくたまに特別な日、特別な気分になりたければ、ヒールをはけばいい。」
これはニューヨークのような大都会で働いている人だけに限らず、さまざまな立場の女性が共感できるスタンスではないだろうか。「スニーカーをはいていてもなめられなくなった」と言えるのはそのように実績をあげてきたからで、「ヒールをはいていてもスニーカーをはいていてもなめられる」と感じてしまっている女性も多そうだけれど……。そこで、「それなら自分が楽なほうがいい」、「人を靴で値踏みしてなめてるやつが失礼」、「本人の安全や快適さより誰のためかわからない規範を重視してる社会がおかしい」という発想をする人が増えればいいのにな、というようなことを考えた。
2016年の4月から2017年1月までのウェブ連載に加筆修正を加えたこの本には、昨年の秋にドナルド・トランプが大統領選に勝利した際の動揺も生々しく綴られている。トランプはありえないがヒラリーにも同調できなかったという著者は、トランプに投票した女性たちのことを考える。また、コロンビア大学在学中に性的暴行を受け、容疑者に十分な罰が与えられていないことへの抗議およびアート・パフォーマンスとしてマットレスを運び続けたエマ・サルコウィッツ、8年前にスワンズのマイケル・ジラにレイプされたことを告発したシンガーソングライターのラーキン・グリムにも会って話を聞いている。アメリカのいまを伝えるジャーナリスティックな視点と、著者の個人史が共にある読み物であり、迷い傷つきながらたくましく前に進む女性たちの経過報告なのだ。
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