コロンブスの銅像を撤去せよ!~新大陸 “発見”と大虐殺

文=堂本かおる
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インドのつもりのカリブ海

 コロンブスには日本ではあまり知られていない歴史が他にもある。コロンブスは主にカリブ海の島々に通い、かつ南米(ヴェネズエラ)、中米(ホンジュラスなど)には上陸しているが、北米大陸に足を踏み入れたことはない。

 いずれにせよ島々にも大陸にも先住民が暮らしており、コロンブスが「発見」したわけではない。また、コロンブスはアメリカスにやってきた「最初のヨーロッパ人」でもない。11世紀にヴァイキングのレイフ・エリクソンが訪れていることが定説となっている。

 コロンブスの航海は言葉の齟齬(そご)も起こしてしまった。まず、コロンブスは自分がたどり着いたカリブ海の島々を「インド」と信じていた。したがって先住民をインディオ/インディアン(インド人)と呼んだ。これが元となり、先住民全般をインディオ/インディアン(現在、米国ではネイティヴ・アメリカン)と呼ぶようになった。後になって本物のインドは東(アジア)にあることが分かり、カリブ海の島々は「西インド諸島」、そこに住む人々は「ウェスト・インディアン」と呼ばれることとなった。ゆえに今も英語での会話では稀に「その Indian って、どの Indian のこと?」と聞き返さなければならないことがある。

コロンブスはイタリア系市民の誇り

 先住民への残虐な行為からコロンブスの英雄視を止めようという声はこれまでにもあったが、今回のヴァージニア州の件を受け、反コロンブスの空気が一気に広がった。各地の行政首長が銅像撤去の検討を発表する中、待ちきれない者たちがコロンブス像の破壊に走っているのだ。他方、イタリア系市民にとってコロンブスは偉大なる英雄だ。

 ヴァージニア州の事件後、全米各地で5体のコロンブス像が被害に遭っており、うち一件はニューヨーク市内の住宅地区で起こっている。台座に青いスプレー塗料で「虐殺を称えるな」「(銅像を)壊してしまえ」と書かれている。

 この件はニューヨーク市長の発言に関連していると思われる。先月、市長は「ニューヨーク市有地にある銅像や記念碑の適性を検討する」と語った。複数あるコロンブス像も含まれるわけだが、この提言は市長自身に激しくバックラッシュした。

 ニューヨーク市の白人にはイタリア系が非常に多い。イタリア系市民にとって祖国イタリアで生まれ、アメリカを「発見」したコロンブスはヒーローだ。彼らのプライドの象徴が、マンハッタンにあるコロンブス像だ。セントラルパーク近くの一角はその名も “コロンバス・サークル” という広場になっており、21メートルもの柱の上に立つコロンブス像がある。この像はコロンブスの新世界 “発見” 400周年にあたる1892年に、当時ニューヨークにあったイタリア語の新聞社がスポンサーとなり、イタリア人の彫刻家に依頼して制作したものだ。

 アメリカではかつて白人の中にも出身国別のヒエラルキーがあり、イタリア系は底辺に置かれて苦労をした辛い歴史がある。だからこそ今も同胞の英雄が必要なのだ。コロンブス像を撤去検討のリストに含められたことに、ニューヨークのイタリア系市民は激怒した。市長自身もイタリア系であることから「裏切り者」扱いとなった。市長は今年の秋に再選挙を控えていることから譲歩せざるを得ず、今は撤去について言葉をにごしている。さらに10月9日の “コロンバス・デイ” のパレードにも参加すると表明した。

 コロンバス・デイはコロンブスが初めてサンサルバドル島に上陸した日にちなみ、今では10月の第2月曜日となっている。かつては全米各地でそれぞれに祝われていたが、連邦の祝日(日本の “国民の祝日” にあたる)に格上げされたのは、やはりニューヨーク市のイタリア系市民の尽力による。この日は全米各地でパレードがおこなわれるが、ニューヨークのものが最大規模であり、イタリア系市民のエスニック・パレードと呼べるものとなっている。

 ニューヨークでは盛大に祝われるコロンバス・デイだが、コロンブスの所業に異を唱え、祝日の名称を「ネイティヴ・アメリカンの日」などに変えた州、さらには祝日を実践せず、平日としている州がある。先日、ロサンゼルス市も名称をコロンバス・デイから「先住民の日(Indigenous Peoples Day)」に変更する発表をおこなった。

 若く、自由で、リベラルな国であるはずのアメリカ合衆国だが、実は暗く重い過去を背負っている。現在の繁栄は “光と陰” の光の部分だ。同じひとつの銅像が光の側にいるか、陰に押し込められた側にいるかによって全く異なって見える。コロンブス像の運命や如何に。
(堂本かおる)

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