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女性が30歳になるとき、何を思うか。仕事、結婚、出産への思いと自己実現のあいだで揺れたあとに見つけた大切なもの

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 私はもともとあまり結婚願望がなく、結婚してこうなりたい、母としてこうなりたい、そういうイメージがまるでないまま結婚したのです。なので結婚自体よりも、結婚した途端に周囲の対応が変化したことへの違和感に押しつぶされそうでした。仕事の話をしにいっても「主婦ならではの目線を活かして」といわれたり、アルバイトも「子なし主婦は、妊娠してすぐ辞めるから」と子どもを産む気がないと伝えても信じてもらえず採用されませんでした。

 人と会話するときに「旦那さんはどうなの?」「料理作っているの?」と結婚や家庭の話をしていないときでもやたらにいわれるようになりました。PTSDのリハビリ期間にしようと考えていた結婚生活は、キャリアを築こうとするうえでは非常に厳しいものになりました。

 周囲からは理想の夫婦と呼ばれていて、ふたりしてそのイメージに縛られていました。私が体調を崩したらふたりの世界が閉じてしまい、パートナーの見えない依存が激しくなり追い詰められていきました。

子どもを産むのが怖い

 もともと子どもを産むのが怖いのに、さらに望む自己実現ができていないなかで子どもを作ると、それをその子のせいにしてしまいそうな怖さが加わりました。けれど、子どもを産むにも現実的にタイムリミットがあります。それなら早く産んでしまったほうがよいのではないか。相反する気持ちで引き裂かれていました。周囲にも「いい旦那さんなのに贅沢だ」「さっさと自己実現なんてあきらめて状況を受け入れればいい」といわれてきました。

 アラサーになると周囲の変化からのプレッシャーが増えます。結婚した友人は出産し、Facebookに子どもの写真があふれます。子どもを産むのが怖い私はその投稿を見るのが苦しくて仕方ありませんでした。

 またこの時期、祖父母や親戚が亡くなりました。親が入院や手術をしたこともあり、もちろん自分の精神にも影響しましたが、それ以上に両親の老後を考えるようになりました。自分がしっかりしなければという気持ちに拍車がかかりました。

結婚について考え直す

 いろんなプレッシャーにがんじがらめになっていた私がそこから抜けたきっかけは、通っていた精神科を変えたことでした。薬を中断したことで起きた離脱症状を認めてもらえなかったことをきっかけに、別の精神科で診てもらうようになり、投薬なしでのカウンセリング治療を始めました。そして自分を大事にすることができない癖のついた自分の心と身体を大事にする生活をくり返す、いわば心の筋トレをしていました。

 医者の指摘で「すべて自分が悪い」と思っている考えから抜け、自分の問題と相手の問題を混合している状態に気づきました。夫であるくま(と呼んでいます)との関係が不健全なことを怒れるようになり、別居し、話し合いをつづけました。

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