不法滞在者を “利用” するアメリカ
昨年、大統領選でドナルド・トランプはDACA反対を唱え、当選すれば全員を強制送還すると訴えていた。トランプに限らず、オバマ元大統領がDACAを制定する以前から、共和党は不法滞在者へのいかなる保護策にも強く反対していた。最も保守的な議員の中には「不法滞在者は全員、強制送還」と言う者もいた。この提言が実行不可能であることは発言者自身を含め、だれもが知っているにもかかわらず。
DACA保護下にある若者も含め、全不法滞在者の総数は現在1,000万人とも言われている。それほどの人数を移民局が探し出し、逮捕し、一時勾留ののちに航空便で出身国に戻す予算などありはしない。また、仮に実行すると莫大な数の労働者がアメリカから消え、農業、食肉、建築、レストラン、リゾートなど多くの産業が立ち行かなくなるだろう。
実はレーガン大統領時代にも同じく不法滞在者が増え過ぎ、1986年に「恩赦」がおこなわれている。320万人が審査を通り、罰金と過去に未払いだった税金を払うことによってグリーンカード(永住権)を得た。祖国生まれの子供がいるのであれば、子供たちにも永住権は発行された。あれから30年。多くの親と子が市民権を取得し、今ではアメリカ人となり、この国の一部となっている。
共和党の政治家たちはレーガン元大統領をアイドル視するが、不法移民恩赦について語ることは決してない。DACAをめぐる議論では「不法滞在者に永住権を与える恩赦はあり得ない」と強行に主張した。そのためDACAはドリーマーに2年ごとに延長しなければならない滞在資格を与えるだけで、永住権や市民権への道は備えていない。
企業400社が「DACA廃止」に反対
トランプは当初、4連休前の9月1日にDACA廃止を発表するとしていた。 夏の最後を家族や友人とBBQなどで過ごすはずの連休前日に、若者の夢を砕いて強制送還し、家族離散を起こす策を発表しようとする大統領のメンタリティには絶句するのみだった。
ドリーマー当人たちと支持者が全米のあちこちで抗議デモを繰り広げ、逮捕者も出た。共和党議員からも反対の声が出、ポール・ライアン下院議長もはっきりと不支持を表明した。また、アマゾン、アップル、マイクロソフト、フェイスブック、グーグルなどIT関連のみならず、携帯キャリア、金融、大手小売業なども含め、全米400以上の企業がDACA廃止に反対の立場を表明した。ビジネス・メディアは「全米の大企業の75%に当たる」と報じた。
人道的見地からだけの反対ではない。議員は来年の秋に中間選挙を控えている。80万人のドリーマーは選挙権を持たないが、市民権保持者で選挙権を持つ家族・親戚・友人・同僚、そして移民コミュニティ全体からの反感を買い、票を失う恐れがある。企業もまた、80万人もの若い消費者を失い、市民権や永住権を持つ家族や友人からの不興を買うことになるのだ。
結局、トランプは1日の発表を遅らせ、連休明けの5日に司法長官に会見をおこなわせた。会見の内容は以下。
・DACAは廃止とするが、6カ月間の猶予を持たせる(その間、強制送還はおこなわない)
・新規申請はただちに受け付け中止
・現在、すでに申請中の者はそのまま申請過程を続行
・来年3月までに期限が切れる者は、10月5日までに申請すれば更新可能(3月以後に切れる者は更新不可)
これが意味するところが分かるだろうか。5年前にDACAが制定され、それぞれに進学、就職、結婚などしてアメリカでの人生を築いてきた若者たちが、6カ月後にはまた移民局の捜査官に見つからないかとビクビクしながら街を歩き、やがては記憶もない出生国に、家族と離れ離れとなって送還されてしまうのである。出産して親となっているドリーマーの場合、産んだ子供はアメリカ市民であり、その子との別離すらあり得る。
オバマ元大統領が「残酷」と評したのは、このことなのだ。
アメリカ:多様性と寛容の国
「決まりは決まり」「法律は法律」では済まない事態というものがある。そもそも法律は時代に合わなくなることもある。合わなくなれば変えるべきである。ドリーマー80万人を含む不法滞在者1,000万人を抱えるアメリカの現状は、法に沿って「全員強制送還」で済む事態ではなく、また、済ませるべき事態でもない。杓子定規に法を押し通せば、国全体に大きな歪みができる。大統領や首相といった国家の長の仕事は国を円滑に運営し、未来を繁栄させるためのルート作りだ。前代の長が築いたルートを私怨にもとづいて破壊することが仕事ではない。
トランプが6カ月の猶予を与えたのは、その間に議会が新たなドリーマー救済策を作ればいい、できなければ強制送還だが、それは自分ではなく議会の責任だと非難の矛先を変えるためだ。だが、今はその6カ月を有効利用するしかない。新たな法を作るには6カ月ではみじか過ぎ、非常に困難ではあるが、議会が動くことをオバマ元大統領も期待している。
発表の翌日にはニューヨーク州を含む15州とワシントンD.C.が、トランプのDACA廃止案を裁判所に対して訴えた。続いてオバマ政権時の国土安全保障長官であり、現在はカリフォリニア大学総長であるジャネット・ナポリターノもトランプを訴えると発表した。同大学の学生総数2.5万人には多数のドリーマーが含まれているのだ。
ドリーマーたちは単なる不法滞在者ではない。アメリカで育ち、アメリカ人としてのアイデンティティを持ち、アメリカの未来を築く作業をすでに始めている若者たちだ。彼らの追放は、すなわち80万人もの若者の人生を破滅させ、かつアメリカを深く傷つけ、アメリカがアメリカであることの意義――多様性と寛容――を抹消してしまうことなのである。
(堂本かおる)
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