社会

日本女性が「将来子どもが欲しいと思わない理由」上位に納得。子育て環境の劣悪な先進国で子どもは増えない

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日本の子育てで直面するいくつもの高いハードル

 私見だが、日本では未だ女性に、ひとりの人間として“自分の意思”や“積極性”を持つことを全面的に肯定しない傾向があり、「どう生きるかを自分で決める」ことが出来ない、あるいは苦手な女性を育てようとしている。また、自分の意思で子どもを持たない、持ちたくないと決めることに否定的な風潮もある。特に昨今は少子高齢化が目下の社会課題とされ、産もうと思えば産める立場の女性が「子どもを持ちたくない(産みたくない)から、持たない(産まない)」という態度でいるのは「わがまま」と見なされる。

 女性はクリスマスケーキに例えられ「25歳以上(で結婚していないの)は売れ残り」などと揶揄されたのは8090年代の話だが、00年代前半には「負け犬(30代以上、未婚、未出産)」、00年代後半は「婚活」など、結婚および出産(結婚と子どもを持つことは大概セットにされている)にまつわる言葉は定期的に流行し、女性は「結婚できない売れ残り女なったらヤバイ」と、おそらくは少女の時期から刷り込まれている(少なくとも子ども時代、私は漠然とそういうイメージを持っていた)。しかしながら、そのように脅されたところで「よーし頑張ろう!」と発奮する女性ばかりではない。

 「ヤバイ」と脅され、「ヤバイ」を内面化しながら子を持つことに積極的になれないのは、ひとえに、現在の日本が「子育てしやすい国」であるとは言えないからだ。マタニティハラスメント、待機児童問題、長時間労働とワンオペ育児、ベビーカー論争、シンママ貧困構造、高騰する教育費。そのうえいじめだの体罰だのと、子育てに怯む理由は有り余る。それら社会問題はいずれも、解決のめどが立っているようには思えない。

 さらに、こうした社会的に解決していくべき問題とは別に「子どもは万全な環境で育てるべき」という、おそらく一億総中流の幻想に支えられた先進国ならではの国民の共通意識も、ひとつの高いハードルを築き上げているように思う。

 “万全な環境”というのは、もっと具体的には「子どもは、父と母が揃っていて、経済的にも精神的にも安定している安全かつ健全な家庭で、周囲からの祝福を受けながら産まれ、育てられるべきであり、それが子どもの心を育み、子どもは幸せを感じるものだ」といったことだ。できちゃった婚に対する偏見こそ薄れてきたものの、未婚や若年層や貧困層など、上記の“万全な環境”が整わない状態での妊娠・出産・育児は、大きな困難を伴う。妊娠により出産を選んだ女子学生が退学を迫られたり、シングル親の世帯収入が貧困レベルだったりすることは、その影響だ。スタンダード(と思い込まれているもの)から外れた人間にとって、子育てはかなりハードモードになってしまう。そしてそれは、自己責任となる。

 まず子育てのハードルを下げなければいけない。ハード面も、ソフト面も。もちろん、それとは別に、子どもを持つ・持たないは自分の意思で決めることでもあり、自分や相手の身体と心を大切にすることも周知していかなければならないだろう。

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