ラファエル・禁断ボーイズ…これ以上放置できない、YouTuber業界に蔓延する性差別・民族差別的動画の実態

【この記事のキーワード】

ゲイ差別と民族差別

 問題点をいくつか、やはり可能な限り手短にまとめる。

 いっくんが自分に男性に性的な欲望を覚える可能性があることは問題ではない。しかし「こんなこと、大々的に世の中に流したくないんだけど」といった発言から、いっくんが男性間の性的な接触を「世の中に流してはいけないもの」と考えていることがわかる。おそらくこれが異性間の性的接触であったら、そんなことは言わない。また収録後、この発言が問題だと気づいていた場合、編集の際にカットしているはずだ。

 続けて「危険を感じたいっくんは~」というテロップの問題点。自らハッテン場に足を運んでいるにもかかわらず、そして男性からの誘いを拒絶せずにいたにもかかわらず、肛門への挿入を醸し出された途端、「危険を感じた」というのはおかしな話だ。いっくんから「あり」と話された田中が「気持ちわりいな」と叩くシーンの問題はもはや指摘する必要もないだろう。まるで「ハッテン場に集う人びとは危険である」とでも言っているかのようなシーンだ。

 田中は、性的な接触があったことをほのめかしながら、「人間的にちょっと違うかなってことをしてしまった」などと述べていた。「人間的にちょっと違うかな」とはいったい何を指しているのだろうか。男性同士の性的接触が「人間的に」違うというのならば、これは明らかな差別だ。

 メサイアの体験談には、企画そのものの性差別に民族差別の要素が加わる。禁断ボーイズが民族差別的な発言をしたわけではない。また髪型だけをもってして、悪意をもった男性から言葉を浴びせられるメサイアこそ被害者だ、と考える人もいるかもしれないが、男性の発言がコリアンへの憎悪を掻き立てかねない(またそうした発言をする(おそらく)ゲイの男性への偏見を強化する)ものであることがわかっていた、この企画をYouTubeにあげることなどなかったはずだ。さらにメサイアが「普通の日本人だよ」という返答をしたことで、まるで北朝鮮国籍の人間や在日コリアンが「普通」ではないかのように考えているようにも受け止められる。

YouTubeもテレビも悲惨

 はじめに述べた通り、YouTuberの影響力は絶大なものになっている。そしてこの記事で紹介したような企画は決して特異なものではなく、数多のYouTuberが無数にアップをしているのが現状だ。もはやBPOのように企画の倫理を問うような機関が必要な規模になりつつあるのではないか。

 そうすると「せっかくテレビでできないようなすれすれの企画ができるのもYouTubeの魅力なのに」という声があがるかもしれない。だが、テレビであろうが、YouTubeであろうが、望ましくない動画はどこにいっても望ましくないものだ。差別を垂れ流すことを放置しておくのが「自由」で「楽しい」場所なのだろうか?

 とはいえ……20年前のゲイ差別的企画をいまだに放送していたり(出川哲朗が「最も辛かった」と振り返る20年前のゲイ差別ロケを、いまだ笑い話にする日本テレビの変わらなさ)、芸能人にカミングアウトを迫り女優をコンパニオン扱いする企画を「愛は地球を救う」と掲げている番組が放送したり(亀梨和也に「カミングアウト」を迫り石原さとみをコンパニオン扱いする、「24時間テレビ」のホモソーシャル)する現状をみていると、テレビもYouTubeと何も変わらないのではないかという気もしてしまうのだ。
wezzy編集部)

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