社会

目の前で起きようとしている性暴力を、私たちは第三者として食い止められるか。大学生と学ぶ「第三者介入トレーニングプログラム」

【この記事のキーワード】

いつ、介入するのか?

シチュエーション例(筆者作):
目の前で酔った女友だちが“お持ち帰り”されそうになっている。あの子、大丈夫かな? うーん、このふたり、前からいい雰囲気だったしなぁ。でも彼の女性関係で、悪いウワサを聞いたこともある。ああ、あの子、足元がもう覚束ないじゃない……。

 そこに割って入るのは“野暮”になりはしないか。そう思って躊躇するのではなく、第三者介入トレーニングプログラムでは「少しでも迷ったら、ワーストシナリオを想定して何かしらの介入を」という。もしその女性が彼に気があったとしても、酩酊した状態では何も判断できない。ここで介入しなければ事態が悪化し、その友人は心身に重大な被害を受け、それを知れば自分も「止められたのに」と後悔することになりかねない。さらに、介入しないということは加害者の行為を消極的な形とはいえ正当化することにもつながってしまう。

 ゆえに「あれ?」「もしかして」と思った段階で行動にうつすことが、第三者介入の基本とされている。

介入はむずかしい、という前提

 しかし、先に痴漢現場の目撃例でもあげたように、介入はむずかしい。同プログラムでも「私たちは思ったほど介入できていない」が前提となっている。だがそれは気が弱いからとか、正義感に欠けているからといった個人の問題というよりは、そこに集団心理が働いているからだという。

シチュエーション例(ワークショップで使用):
走行中のバス社内で、男性Bが携帯電話の通話について男性Aから注意され、逆上したBがAを暴行して死亡させる。同乗していた約30人は、誰も仲裁しなかった。

 2008年に国内で実際に起きた事件をもとに、参加した大学生らは「なぜ30人の乗客は介入しなかったか」を話し合った。「ほかの乗客も騒いでいないから、緊急事態だと思わなかった」「誰も仲裁しないから、自分もしなかった」「バスを停めさせるなどした場合、ほかの乗客から余計なことをしたと怒られるのではないかと思った」などなどの意見が出たが、これらはまさに集団心理をいい当てている。自分以外に傍観者がいる場合、人は率先して行動を起こせない。

 そして諍いは、実際に最悪のシナリオをたどった。これは性暴力ではないが、友人や家族、身近な人が性暴力被害に遭いそうになっている、あるいは居合わせた場所で性暴力が振るわれようとしている場合、最悪の事態を回避するためにはどうシナリオを書き換えればいいのか。具体的に何をすればむずかしさを乗り越え、第三者介入できるのか。

どうやって介入する?

 介入は「安全に、早めに、効果的に」行う必要がある……言うは簡単だが、それこそがむずかしい。特に「効果的に」といわれても、筆者のような粗忽者だとかえって相手を逆ギレさせて悪い事態を招きそうで、その心配のあまり一歩を踏み出せない。

 具体的な第三者介入の方法を、プログラムでは「3D」としてまとめている。

DIRECT 直接介入する=加害者/被害者になろうとしている者に対して直接干渉し、事態の悪化を止める

DELEGATE 委譲する=別の人に助けてもらうようお願いする

DISTRACT 気を紛らわす=注意をひくような“邪魔”を意図的に作り出し、問題となりうる状況を和らげる

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