反性差別と「性別二元論」批判を切り離したフェミニズムの失敗を繰り返してはいけない【道徳的保守と性の政治の20年】

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ブームに乗る中で、不問とされる論点があってはならない

 今日の発表を通して私が伝えたかったことは、反性差別の主張の中にはジェンダーの二元論的な作られ方を問題とする視点も含まれなければならないということです。

 私たちは今度こそ、性差別とホモフォビア、トランスフォビアの問題を切り離さないでバックラッシュに対抗していく必要があります。ジェンダー規範=「男らしさ・女らしさの押し付け」という狭い解釈から脱却し、ジェンダー規範を問題にする時には、同時に性別二元論や異性愛規範の問題も視野に入れるようにしなければいけません。

 また、ホモフォビアやトランスフォビアなどは、ジェンダーやセクシュアリティをめぐる規範だけではなく、家族や国家、健康をめぐる規範とも深く関連しているということを忘れてはいけません。フォビアを通してどのような家族像、国家像、健康的な身体像が打ち出されていくのか、私たちはアンテナを張っておかなければいけません。「LGBTブーム」と呼ばれる社会状況のもとでは、運動側に「やれるうちにやっておこう。やれるところまでやってしまおう」という思考が働きがちです。それはある程度仕方のないことかもしれません。しかし、そうした思考が強まることで誰のどのような問題が不問にされてしまうのか。このことに注意を向けておく必要があります。

 また「国や政治家と対立するだけではなく、うまく利用していこう」という物言いもよく耳にするようになりました。確かにそれは時に必要なことかもしれません。しかし、メインストリームに受け入れられることで影響を与えていくという戦略をとると、マジョリティに許容可能な形、魅力的な形でしか自己表象できなくなり、結果的に運動の可能性を制限することがあるという点にはもっと意識的でなければいけません。そのような意識を欠いた形でメインストリームに乗っかってしまうLGBT運動は、たとえ表面的にバックラッシュと闘っているように見えても、実は根っこの部分でバックラッシュと手を結び、特定の人たちへのフォビアや差別に加担することになるでしょう。まさに2000年代のフェミニズムがそうであったように。
(取材・wezzy編集部)

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