社会

女性たちと性的マイノリティは共闘できる。「道徳的保守と性の政治の20年 LGBTブームからバックラッシュを再考する」レポート

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バックラッシュ時の断絶を繰り返していけない

 「LGBT」という呼称について、とりわけトランスジェンダーから「LGBは性的指向、TGは性自認/性表象の話だから別」あるいは「社会的にTGの方が困難を抱えやすい、LGBは黙っていればバレない」といった理由で、いっしょくたにされたくないという申し立てを聞くことも少なくありません。

 たしかにこれは一定の検討の余地はある課題だと思います。例えばトイレについては特にトランスジェンダーに関する課題なのに、「LGBT専用トイレ」とひとまとめにする報道によって問題の焦点がボヤけたり、同一視される誤解を招きかねなかったりする。

 しかし、個々の課題をていねいに掘り下げる作業と、性にまつわる困難を抱える者同士が共闘関係を結ぶことは、同時に達成され得るのではないでしょうか。

 バックラッシュ時に、フェミニズム側はトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)やホモフォビア(同性愛嫌悪)を抱えていたそうです。そこを認めるところから始めようと、飯野さんは訴えます。そして先述のように、LGBとTの差を雑に扱い、断絶させてしまうと、犠牲になるものも大きいのではないかと、この反省から学ぶところも大きいと思われます。

 3者の報告ではふれられていなかった、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(通称:性同一性障害特例法)という、フェミニズムへのバックラッシュにも関わる話が客席からあがりました。この特例法は、「性同一性障害」という病理概念に取り込まれた人のうち、「生殖能力がない」「未婚」などの要件を満たした人のみ戸籍上の性別変更が可能というものです。つまり、シスジェンダー男性/女性のあり方や既存の家族主義をもとにした法律と言え、多様な性のあり方や家族の形を認めない側面があり、トランスジェンダーである人の中からも批判の声も小さくありません。

 男女共同参画基本法も、男女二元論や家族主義に根ざした法律で、特例法を支えている価値観の問題点とも重なります。飯野さんによると、当時、日本女性学会にいたクィア系の論者は早い段階から問題視はしていたけれど、そうした論点がフェミニズムの議論の俎上に乗せられることは残念ながらなかったそうです。

女性と性的マイノリティの運動は共闘可能なはず

 今回の研究会で強く印象に残ったのは、バックラッシュに対抗するには、とにかく精緻に批判し、草の根的に抗議をする、ということの重要性です。昨今も、法律立案、憲法改正など国政の動きだけでなく、メディアにおける女性蔑視、性的マイノリティ蔑視な、規範的な表現は続いています。こうした諸々の課題に対して、学者や知識人といった権威的な立場の人たちが粗雑な議論を披露して「お墨付き」を与えているケースもあるので、アカデミックな丁寧な議論をしつこく繰り返していかなければいけない場面も増えていると思います。また、一般市民も、流言に惑わされないように安直に議論に乗らず、ツイッターなどSNSでの意見拡散にも注意が必要ではないでしょうか、

 フェミニズム、女性学の議論がゲイ・スタディーズやクィア理論に援用されていることからも、バックラッシュの歴史は参考になるし、また女性たちと性的マイノリティそれぞれの権利運動は共闘可能なはずだと感じました。人種や国籍にまつわる権利とも関係があります。政治や学問の言葉はむずかしい、と一般には切り捨てられる可能性がありますが、メディア側の人間として、簡略化せずいかに伝えるか、という真摯さが問われているとも思います。
(鈴木みのり)

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