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1960年代米国、差別と戦いながらNASAで働く3人の女性を描いた映画『ドリーム』に、現代日本における働く女性の不自由を見る

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 この映画で描かれる60年代米国のアフリカン・アメリカン差別には、現代日本の女性就労差別に似ている点が数多くみられます。なかでも象徴的なのは、「私にあなたたちを差別する気持ちはない」とヨーロッパ系アメリカ人女性がいうシーンです。

 私にはこのシーンのミッチェル(キルステン・ダンスト)が、この「採用に女性差別はない」といい張る現代日本男性たちの姿とダブりました。いくら職場での女性差別の現状を語っても、笑いとばそうとする彼ら。

「うちの職場は女性のほうが強いけどなあ(笑)」
「いまの日本に、女性を下に見る風潮はないよお」

 女性ならこんな言葉を吐かれてそっと聞かなかったふりをした経験は一度や二度ではないでしょう。

働く女性の「らしさ」とは?

 悲劇的なのは、現代日本より60年代米国のほうが進歩的と思える点すらこの作品ではいくつか見られることです。

 主人公女性3人は全員子どもが複数人いますが当たり前に働いています。保育園などの不足で子どもを育てながら働くことができない女性が多いなか、それが長年解消されることもない今の日本とは悩みの次元が違うのです。

 加えて、本作では主人公のひとり、メアリー(ジャネール・モネイ)が司法システムに働きかけて差別的な法律の是非を問う裁判を起こします。この点においてもいまの日本より60年代の米国がはるかに先を行っています。日本では裁判にかかる年月と費用が膨大すぎ、一般人はなかなか手を出せません。

 働くうえでの「女性らしさ」とは一体なんでしょう。

 日本では控えめであることや従順であることが「女性らしさ」とされていますが、それは違います。働くうえでの真の「女性らしさ」は、主人公のひとり、ドロシー(オクタヴィア・スペンサー)が自分だけの昇進をよしとせず「移動は部署の女性全員で」と譲らなかったシーンに象徴されるように、全員で協同して解決法を探る能力の高さに現れると私は思います。

 本作は、米国の宇宙開発プロジェクトが舞台です。このプロジェクト自体、ソ連対米国、2国で競って勝ち負けを決める!という、男性的な思考のもとすすめられています。

 個人のエゴをしまい、協力して状況を改善しようとするドロシーの姿は、そんな宇宙プロジェクトとは鮮やかな対比をなしています。

スカート&ハイヒールの呪縛

 米国では60年代のいき過ぎた(というか馬鹿げた)宇宙開発戦争とともに過去の遺物としてとっくに葬り去られている風習も『ドリーム』には登場しますが、私は見ていて少々複雑でした。

 ヒールとスカートという、働きにくくなるだけの謎のドレスコード。米国の職場や採用面接の場では存在しません。「そうそう、昔は職場でヒール履いてたの。あれ動きにくかったわ~」と当時をふり返れる米国女性がうらやましい、そう思いました。

私は数年前の転職活動の際、面接でパンツを履いてもよいか女性転職アドバイザーに伺ったことがあります。腰痛なのでパンプスはなるべく避けたいのですが、パンツならフラットシューズでごまかせると思ったのです。すると彼女は困り顔でこう教えてくれました。

「女性が面接でパンツスーツを着用して採用されたのは聞いたことがないですねぇ。大勢での説明会程度の場なら大丈夫かもしれませんが……

絶対に職が必要だった私は震えあがり、面接には必ずスカートとパンプスで向かいました(その恰好をすれば採用されるというわけではありませんが)。

私のケースはさておき、就職活動でパンツを履く女子学生を今でも見ることはありません。規則で決まっているわけではなくとも、採用がかかっているかもしれない以上、履かないわけにはいかないのが現代日本のパンプスとスカートです。

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