社会

ミッツ・マングローブ「差別的なものに蓋をする」ことへの懸念は社会に向けるべき。フジテレビ番組ホームページに載せられた「保毛尾田保毛男」謝罪文にみる僅かな前進。

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 平成29928日(木)に放送した「とんねるずのみなさんのおかげでした30周年記念SP」において、出演者が「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」というキャラクターに扮して出演致しました。しかしながら番組の放送に伴い、このキャラクターに関して沢山の抗議を頂戴しました。

 番組は、LGBT等性的少数者の方々を揶揄する意図を持って制作はしておりませんでしたが、「ホモ」という言葉は男性同性愛者に対する蔑称であるとのご指摘を頂きました。そのような単語を安易に使用し、男性同性愛者を嘲笑すると誤解されかねない表現をしたことで、性的少数者の方々をはじめ沢山の視聴者の皆様がご不快になったことに関して、深くお詫び致します。またこのキャラクターが長年に渡り与えていた印象、子供たちへの影響、およびLGBT等をとりまく制度改正や社会状況について私共の認識が極めて不十分であったことを深く反省しております。

 今回頂戴した様々なお叱りやご意見を真摯に受け止め、多様性(ダイバーシティ)のある社会の実現のために正しい知識を身に着け、より良い番組作りを進めて参りたいと考えております。

http://www.fujitv.co.jp/minasan/

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 以前も指摘した通り、なんらかの批判が起きたとき、企業は謝罪の際に「一部の」と対象を限定することがある(出川哲朗が「最も辛かった」と振り返る20年前のゲイ差別ロケを、いまだ笑い話にする日本テレビの変わらなさ)。「一部の」という表記は、批判者が一部の特異な人間であること、あるいは「当事者」に限定しているかのような表現であり、「モンスタークレーマーによる批判」という見え方になりかねない。

 だが今回の謝罪文は「性的少数者の方々をはじめ沢山の視聴者の皆様がご不快になったことに関して」と、当事者に限定しない文言となっていた。

 さらに画期的なのは、「またこのキャラクターが長年に渡り与えていた印象、子供たちへの影響、およびLGBT等をとりまく制度改正や社会状況について私共の認識が極めて不十分であったことを深く反省しております」という一文だ。

 「時代と違っていて」には「昔はよかったけれど今はダメ」ということを暗に含意しているが、謝罪文は「長年に渡り与えていた印象。子供たちへの影響」と、現時点での評価だけでなく、過去も視野に入れ、またメディアの影響に言及している。加えて「およびLGBT等をとりまく制度改正や社会状況について私共の認識が極めて不十分であったことを深く反省しております」と明確に自らの否を認めてもいた。明らかに、よくみる謝罪文とは違う。

 重要なことは、以後、番組がこの騒動をいかに今後に生かしていくかではあるが、このような謝罪文が出たこと事態は、おそらく前進なのだろうと思う。これがより高度に洗練された、「火消しのためにとりあえず謝っておく」という態度でないことを願うばかりだ。

 奇しくも番組ホームページにて謝罪文が掲載された同日、Aera dotに、タレントのミッツ・マングローブが「保毛尾田保毛男を狩る、分別できない人たち」という記事が掲載された。

 この文章には違和感を覚えるところが多数ある。例えば「過剰なほどの自重と、善意という名の偏見に塗れ、いよいよ日本も行間や心の読めない単細胞国家になってしまった……」や「過去を持ち出して今を否定するのは、いささか『男らしくない』感じがします」といった一文は、意味するところがよくわからない。

 ただこの記事は、定形謝罪によって「火消し」をしようとすることの問題を気づかせる重要な指摘もしているように思う。

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