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異性装で子育て、血の繋がらない家族、同性愛。漫画『ニコイチ』が私たちに教えてくれる「ゆるやかなダイバーシティ」

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 多くは語られませんが、恋人にシングルマザーだと隠していた気持ちや、忘れ形見と慰め合いたいと考えたのに懐かずに追い詰められて育児ノイローゼ……というところにそれぞれの葛藤が伺えますし、物語の裏に流れている人の想いや歴史を感じさせます。

 主人公は崇に早く父親だとカミングアウトしたいと思いながらも、なかなかできません。血が繋がっていないこと、実は男だということの2点を隠していたのは、崇に非常に大きなショックを与えるのがわかっているからです。そのうえ物語のいたるところでさまざまな人に誤解をされてしまうので、彼らに対してもカミングアウトをくり返す必要が出てきます。

同性愛の苦しさ、やりきれなさ

 恋人の菜摘さんにもすぐにカミングアウトできなかったことから、男であることだけでなく、嫌われている男性姿と同一人物であることもカミングアウトしなければいけなくなります。菜摘さんには、同性を好きになってしまった(と思っている)コンプレックスがあります。そこから男性姿の主人公と女装姿の主人公がつき合っていると誤解し、嫉妬で取り乱してしまうという修羅場も展開されます。

 これは同性愛という視点で考えれば、女性が女性を好きになって交際したら男性の恋人がいたという、とても苦しくてやりきれない話になります。結局はすべて誤解だったのですが。

 深刻なトラブルが次々と起きるにもかかわらず、作品全体に流れる空気は非常に明るくコミカルでとても自然体なのが、『ニコイチ』のすごいところ。ごまかして嘘を重ねてしまったり、誤解を解いたり、また新たに誤解が生まれてカミングアウトをしたり……そこを笑いどころにしながら、主人公をはじめ登場人物同士が関わり、人間関係が変化し、物語は進んでいきます。

 この作品のキャラクターは聖人では決してなく、ところどころに偏見も見え隠れします。胸の大きな菜摘さんに対して「揉まれたから大きくなったのか」という素朴な偏見もあれば、主人公に向けられる「女装の変態」「子持ちとの結婚はやめたほうがいいんじゃないか」「男が好きなんでしょ?」という偏見もあります。どれも本音なのでしょう。

ジェンダーイメージを払拭するキャラ造形

 しかし主人公や登場人物たちはそれ以上に大事なものを共有しているのです。その人に少し変わった事情があると知ったとき、それぞれが戸惑いながらも相手を大事に思って向き合う姿。それが作品全体をやさしく穏やかに包んでいます。

まわりと違う事柄を決して軽んじずに描きながらも最終的には「まぁそんなこともあるよね、いいんじゃない」というように、ときにいじることもありながら自然に受け入れ、困ったことは協力していく。『ニコイチ』には、そんなゆるやかな人間関係を見ることができます。

 キャラクター造形も面白く、「童顔巨乳でほわほわしているかわいい系」という、一見いかにも記号的な設定の菜摘さんも、実はリアリティがあり深みのあるキャラクターで、ふわふわした雰囲気がありながらも仕事場ではクールにしていたり、弟と話すときの口調は荒かったり、実際こういうものだよねと思えるような多面性が描かれています。

 また、彼女は経理を担当していてお金の計算が大好きだったり、さらっときっちり性病検査をしてピルを飲んでいだり、主体的に動けるしっかりした女性です。かわいく前向きで、ときどきシビアで毒舌なところが物語のテンポをよくしつつ、ジェンダーイメージをやわらかに取り去ってくれる心地よさがあります。

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