2018年の初春に映画公開が決まっている『伊藤くんAtoE』(柚木麻子原作)のドラマが今月、最終回を迎えました。このドラマは、「伊藤くん」という男性が、世のクソ男のの寄せ集めのように描かれているからこそ、そこから気づくことがあるという、魅力的な作品でした。
主人公の女性脚本家・矢崎莉桜(木村文乃)は、あるイベントの参加特典として、抽選で選ばれた女性たちの恋愛相談をすることに。最初はその企画を嫌がっていた莉桜ですが、相談を希望する女性たちのアンケートに「伊藤くん」という同じ名前の男性が書かれていることに興味を持ち、彼女たちから「伊藤くん」とのエピソードを聞きながら、脚本を書いていく、というのがこのドラマの物語です。
莉桜に相談する人として選ばれたのは、鞄のショップに務める島原智美(佐々木希)、アルバイトをしながら学芸員としての働き口を探している野瀬修子(志田未来)、ケーキショップでアルバイトをしている相田聡子(池田エライザ)、大学院を目指している高学歴処女の神保実希(夏帆)の4人。それぞれが語る「伊藤くん」とのエピソードは、回を重ねるうちに徐々に繋がっていくという設定になっています。
ドラマ化に際しては、原作にはない大きな設定の変更がみられました。ドラマでは脚本家の莉桜がひとつの核となって、4人のことを取材しながら物語を紡いでいくというものになっていますが、原作にはこうした設定がありません。また「伊藤くん」という存在が何者なのか、という謎を解いていくという要素もありませんでした。
こうした変更は、ドラマの一話目の脚本家が、『桐島、部活やめるってよ』の脚本を担当した喜安浩平さんであることも大いに関係があるような気がしてきます。原作のエピソードを壊さないようにうまく抽出して再構築する手腕、うますぎます。そこに、数々の恋愛映画や『火花』などを手掛ける廣木隆一さん総合演出をしたとなれば、このドラマのおおまかな空気づくりは、喜安さんや廣木さんらからスタートしていると考えてもいいのではないかと思われます。もちろん、ドラマは一話ごとに脚本や演出は変わりますから、企画趣旨の統率がうまくとれていたということも大きいでしょう。
しかも、ドラマで描かれる「伊藤くん」は、劇中の脚本家・莉桜の頭の中にしかイメージがないわけだから、誰をキャスティングしてもいいわけです(エピソード毎に伊藤くんを演じる役者が変わっています)。だから「この伊藤くんは、こいつかもな」と思える人を脚本家が自由に選べる。そのことで、いろんなキャストが演じる「伊藤くん」を見られるわけだし、「伊藤くん」がどんな人なのか、よりわからなくなっていく、という謎解き要素まで加わっていくわけです。やっぱりドラマの企画として巧すぎます。
さて、ただ巧いだけでは、この連載ではとりあげません。なぜ本作をとりあげたかというと、「伊藤くん」がクズ男すぎて、女の子のいろんな面を引き出しているからです。
例えば、島原智美は佐々木希さんが演じるくらいですから、美人でどう見てもモテという面で強者でありそうな人なのに、なぜか「伊藤くん」にはぞんざいに扱われています。このときの「伊藤くん」は、田中圭さんが演じていて、甘い見た目なのに、中身はふんぞり返っていて身勝手な男という、「こういう男いるいる!」……と納得してしまうキャラクターになっています。原作では、この智美はもう少し自覚的に伊藤くんにハマっているのですが、ドラマでは、コンサバで相手に合わせてしまいすぎることで、相手を余計にふんぞりかえらせてしまう部分が出ています。
地味な見た目で学芸員の仕事に復帰することを目指す野瀬修子(志田未来)は、バイト先の塾の同僚である「伊藤くん」から身勝手に好意を寄せられて困っています。このときの「伊藤くん」は、やたらとポジティブで人との距離感がわからなくて、最高にうざいキャラクター。中村倫也さんがそれを上手に演じています。
男性をとっかえひっかえしているのだけれど、誕生日を彼氏に祝われたことのない相田聡子(池田エライザ)は、友達・神保実希(夏帆)へのライバル心から、実希が好意を寄せる「伊藤くん」を寝取ってしまうような人。お相手の「伊藤くん」は、『HiGH&LOW』シリーズの村山でおなじみの山田裕貴さんが演じているのですが、意外な展開で驚かせてくれます。
神保実希(夏帆)は、色っぽくて男性を落とすテクニックを熟知している聡子と違って、かわいいのに奥手で男性経験が少ない処女。そんな奥手な実希と「伊藤くん」がいい感じになっていく様子が許せず、聡子は伊藤先輩を誘惑してしまうのですが……。この「伊藤くん」については、謎解きに関わってくるので、ここではおいておきます。
様々な側面をもった「伊藤くん」が登場することで、女の子たちは、自分のコンプレックスを刺激されたり、女としての優位性を確かめようとしてしまったり、親友とギスギスしてしまったりもします。
その様子だけを描くドラマだったら、今までにもありましたし、それは男性の持つミソジニーのせいで、女性同士がミソジニーを向け合うという現実の一部分を描いただけになってしまいます。
このドラマのいいところは、女同士が向けあってしまったミソジニーが、「伊藤くん」というクソ男と向き合ううちに、女が男のせいでいがみ合うことは無意味なものなんだ、とちゃんとわからせてくれるところなのです。
【ここからネタバレで本題に入ります。気になる方にはネットフリックスなどでの視聴をお勧めします】
「伊藤くん」に恋をして、どんどんかわいくなっていく実希に焦った聡子は、好きでもない男を誘惑してSEXして、安心しようとします。自分は実希よりも上の存在だと確認する聡子の感情は、ここ数年で広まった「マウンティング」といった言葉などで世に紹介されてきました。女の子同士が「マウンティング」のような気持ちが女の子には絶対にないとはいいきれないとも思います。それはそれでひとつの現実なのでしょう。
ただ、このドラマはそれでは終わらせません。
聡子は実希から、「伊藤くん」からホテルでいきなり脱がされて迫られたけれど、結局最後まで行かなかったという話を聞き、実希への「マウンティング」として「伊藤くん」にアプローチを掛けSEXをします。しかし、その後に「伊藤くん」から聞かされた実希との関係は、実希から聞いていたエピソードとは似ても似つかないものでした。「伊藤くん」いわく、実希はホテルで自分から脱ぎだし、「処女ではない」などと強がっていた、というのです。
そんな話を聞いて、聡子は自分が満足するためだけに親友の好きな人を寝取ってしまった罪悪感とともに、こんなクズ男と優越感のために寝ている自分に対しての情けなさが絡み合って、帰りに1人で泣いてしまいます。そして、そんなクソ男よりも、実希との関係のほうが大事だったと気づくのです。そのシーンはせつなすぎました。
聡子は「伊藤くん」と寝たことを実希に隠すのですが、こんなことがあって二人の関係が良好に続くわけがありません。結果的に実希は地元に帰り、一時は疎遠になってしまいます。
二人の関係性にヒビを入れたのは、女を無意識で罪の意識もなくジャッジして競わせるような「伊藤くん」=男に自分は選ばれている、それが幸せなんだ、という社会的な構造に、聡子が女として(悪い意味で)真面目に取り組んだ結果にほかなりません。
実希もその後、こうした競争に加わり、聡子と同じように、大学のサークルで一緒の好きでもない男・クズケン(中村倫也)と寝て処女を捨てようとします。しかし、そんな自分の女として前進した行動に舞い上がり、「伊藤くん」に、自分がホテルにいることを電話で伝えてしまうのです。「伊藤くん」はズルい男だから、自分に気の合った女がほかの男にとられるのは気分がよくない。そこで実希のいるホテルにかけつけ、さらに聡子と寝たことを話します。友人の裏切りを知った実希ですが、実は以前からクズケンが自分に好意を寄せていたことも知り、クズケンを振り回してしまった自分に気が付いて聡子と同じように罪悪感とせつなさを感じることになります。
そして、同じせつなさ、クズな「伊藤くん」なんかのせいで、女としての競争をさせられたバカバカしさを共有したことで、ふたりは、またもとの友情を取り戻していくように、ドラマからは感じられました。
もともと、実希と聡子の関係が崩れたのは、社会的な構造が関係しています。恒常的に女性たちが男性から一方的にジャッジされ、そこに適応するために、女性としていかに優位であるかをモテでしかはかることができない、と思い込ませてきたことこそが原因です。そして二人は「伊藤くん」というクズのおかげで、お互いにミソジニーを向けあったり(それは自分にも返ってきますから)、マウンティングをし合うことがバカバカしいものであったことに気づきます。そういう意味で、クズの「伊藤くん」は、女の子に気づきを与える、そしてその後にもっと深い女同士の友情を育ませるという役割を担っているともいえるでしょう。
なお、このドラマのストーリーテラーでもある主人公の莉桜は、常に4人の女性たちへの視点が俯瞰的で、いちいち辛辣です。そこにもまたミソジニーが感じられます。ただ、最後には、そんな莉桜もまた彼女たちとなんら変わらないということが示されます。
全ての回でこれほどまでにミソジニーを隠さずに描いているのに、なぜかこのドラマが嫌いになれないのは、ミソジニーが生まれる構造と、そこに乗っかって女性同士でいがみ合うことのバカバカしさが描かれていることももちろんですが、「ここに出ている人たちは、全部わたしのことなんだ」と視聴者(私も含め)に思わせたからだと言っていいでしょう。自分もまた彼女たちと変わらないことに気づいた莉桜が今後どのような物語をたどることになるのか、公開予定の映画を楽しみに待ちたいと思います。