『伊藤くんAtoE』の魅力は「ミソジニー」を乗り越えることにある。女同士がいがみ合うバカバカしさに気づかせる「伊藤くん」というクズ

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 「伊藤くん」に恋をして、どんどんかわいくなっていく実希に焦った聡子は、好きでもない男を誘惑してSEXして、安心しようとします。自分は実希よりも上の存在だと確認する聡子の感情は、ここ数年で広まった「マウンティング」といった言葉などで世に紹介されてきました。女の子同士が「マウンティング」のような気持ちが女の子には絶対にないとはいいきれないとも思います。それはそれでひとつの現実なのでしょう。

 ただ、このドラマはそれでは終わらせません。

 聡子は実希から、「伊藤くん」からホテルでいきなり脱がされて迫られたけれど、結局最後まで行かなかったという話を聞き、実希への「マウンティング」として「伊藤くん」にアプローチを掛けSEXをします。しかし、その後に「伊藤くん」から聞かされた実希との関係は、実希から聞いていたエピソードとは似ても似つかないものでした。「伊藤くん」いわく、実希はホテルで自分から脱ぎだし、「処女ではない」などと強がっていた、というのです。

 そんな話を聞いて、聡子は自分が満足するためだけに親友の好きな人を寝取ってしまった罪悪感とともに、こんなクズ男と優越感のために寝ている自分に対しての情けなさが絡み合って、帰りに1人で泣いてしまいます。そして、そんなクソ男よりも、実希との関係のほうが大事だったと気づくのです。そのシーンはせつなすぎました。

 聡子は「伊藤くん」と寝たことを実希に隠すのですが、こんなことがあって二人の関係が良好に続くわけがありません。結果的に実希は地元に帰り、一時は疎遠になってしまいます。

 二人の関係性にヒビを入れたのは、女を無意識で罪の意識もなくジャッジして競わせるような「伊藤くん」=男に自分は選ばれている、それが幸せなんだ、という社会的な構造に、聡子が女として(悪い意味で)真面目に取り組んだ結果にほかなりません。

 実希もその後、こうした競争に加わり、聡子と同じように、大学のサークルで一緒の好きでもない男・クズケン(中村倫也)と寝て処女を捨てようとします。しかし、そんな自分の女として前進した行動に舞い上がり、「伊藤くん」に、自分がホテルにいることを電話で伝えてしまうのです。「伊藤くん」はズルい男だから、自分に気の合った女がほかの男にとられるのは気分がよくない。そこで実希のいるホテルにかけつけ、さらに聡子と寝たことを話します。友人の裏切りを知った実希ですが、実は以前からクズケンが自分に好意を寄せていたことも知り、クズケンを振り回してしまった自分に気が付いて聡子と同じように罪悪感とせつなさを感じることになります。

 そして、同じせつなさ、クズな「伊藤くん」なんかのせいで、女としての競争をさせられたバカバカしさを共有したことで、ふたりは、またもとの友情を取り戻していくように、ドラマからは感じられました。

 もともと、実希と聡子の関係が崩れたのは、社会的な構造が関係しています。恒常的に女性たちが男性から一方的にジャッジされ、そこに適応するために、女性としていかに優位であるかをモテでしかはかることができない、と思い込ませてきたことこそが原因です。そして二人は「伊藤くん」というクズのおかげで、お互いにミソジニーを向けあったり(それは自分にも返ってきますから)、マウンティングをし合うことがバカバカしいものであったことに気づきます。そういう意味で、クズの「伊藤くん」は、女の子に気づきを与える、そしてその後にもっと深い女同士の友情を育ませるという役割を担っているともいえるでしょう。

 なお、このドラマのストーリーテラーでもある主人公の莉桜は、常に4人の女性たちへの視点が俯瞰的で、いちいち辛辣です。そこにもまたミソジニーが感じられます。ただ、最後には、そんな莉桜もまた彼女たちとなんら変わらないということが示されます。

 全ての回でこれほどまでにミソジニーを隠さずに描いているのに、なぜかこのドラマが嫌いになれないのは、ミソジニーが生まれる構造と、そこに乗っかって女性同士でいがみ合うことのバカバカしさが描かれていることももちろんですが、「ここに出ている人たちは、全部わたしのことなんだ」と視聴者(私も含め)に思わせたからだと言っていいでしょう。自分もまた彼女たちと変わらないことに気づいた莉桜が今後どのような物語をたどることになるのか、公開予定の映画を楽しみに待ちたいと思います。

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