つい先日、世界経済フォーラムが今年のジェンダーギャップ指数を発表し、日本が144カ国中114位であることが話題になりました。今回は教育の視点から、日本のジェンダーギャップ指数の順位がこれほどまでに低い理由を考え、そしてその順位向上のために何が出来るのかを考えたいと思います。
なぜ日本の順位は低いのか?
ジェンダーギャップ指数は、経済参加と機会、教育、保健、政治的エンパワメント、の4つの項目からなる複合指数です。それぞれの項目での日本の順位は、114位、74位、1位、123位、となっており、保健分野以外は課題を抱えていることが読み取れます。
教育分野で日本の順位が低いのは、以前指摘したように、日本の女性の相対的な高等教育就学率が先進国で最低レベルにあることが原因です。しかし、ジェンダーギャップ指数の教育分野で満点を取るためには、他の先進国のように女子の高等教育就学率が男子のそれを凌駕する所まで引き上げる必要はなく、女子の高等教育就学率を男子と同じ水準まで持って行けば良いだけのことです。そのため女子向けの奨学金で就学を促すなど対策を取り、女子の高等教育就学率を10%%ほど伸ばせばすぐに世界一位になることは出来るでしょう。
なお一つ補足すると、国際的にSTEM分野に占める女子学生の割合が注目を浴びているにもかかわらず、ジェンダーギャップ指数にはSTEM分野に関する指標がありません。以前指摘したようにリケジョの育成に失敗している日本にとってこのことは幸いだったと言えるでしょう。STEM分野に関する指標があった場合、日本の順位はもっと下がっていたはずです。
経済分野の中には5つの指標があります。その中には男女の労働参加率格差など世界の平均よりはまだましな指標もありますが、同様の職種における男女の賃金格差、管理職と専門職に占める女性の割合のそれぞれで、日本は世界平均を下回ってしまっています。
同様の職種における賃金格差は日本の労働市場における問題の象徴です。残りの二つの指標は指導的立場にいる女性の少なさを表しています。これもまた以前指摘したように、日本のトップスクールにおける女子学生の少なさは、先進国では稀な現象であり、ここを克服しない事には如何ともし難いでしょう。字数の都合で教育と経済分野の詳細な話は割愛しますが、東京大学の瀬治山角先生のインタビューが、この問題を、具体例を用いて分かりやすく話してくれているので、ぜひご覧になってみてください。
次に政治分野に目を向けましょう。この分野の指標がカバーしているのが、国会議員・大臣・首相の数・割合と、草の根レベルの政治参加は全く考慮されていない、かなり破天荒な指標選択になっています(とは言え、日本は市町村議会における女性議員の割合も国会議員におけるそれ同様にかなり低いので、どのみち結果はあまり変わらないでしょうが)。
それはさておき、日本はやはりこの分野の全指標でも世界平均を下回っています。経済分野が114位、政治分野が123位、と順位が近い所にあるので同程度の酷さかと勘違いしやすいですが、世界平均からの乖離度合いでみると経済のそれよりもはるかに大きく、政治分野が日本の総合順位を下げる主要因となっています。
女性の国会議員比率を上げるにはクオータ制(議員全体の女性議員の割合を決める、といった制度)など手っ取り早い方法もありますが、政党側が候補者に占める女性の割合を上げる努力をする必要もあるでしょう。しかし、国会議員は女性が過半数を占める有権者によって選ばれているわけですし、実際に女性の有権者数が男性のそれを下回っているのは全国でも埼玉・千葉・神奈川だけであることを考えると、極端なことをいえば、女性の女性による女性のための政党が組織されれば、国会をほぼ女性だけで占めてしまうことだって難しくはないはずです。
このような可能性があるにもかかわらず、長期間にわたって女性議員の比率が低いままであるのはなぜなのか、もう少し深く考えてみる必要があると思います。そこで、今回の衆議院選でどのような人達が有権者に選ばれて国会へ行ったのか、教育の側面から分析してみたいと思います。
有権者はどのような教育水準の人を選んだのか?
先月実施された衆議院選挙で議席を獲得した465名の教育水準(学校歴・学歴)を調べてみました。
465名の衆議院議員の学校歴は、東京大学または京都大学から学士号を取得した者が112名おり、衆議院議員の約1/4がこれらの大学の出身者です。そして、早稲田大学・慶應義塾大学・旧帝国大学のいずれかから学士号を取得した者が120名に上ります。つまり、人口の僅か数%にも満たないこれらのトップスクール卒業生だけで、衆議院の議席の半数が占められていることになります。
この傾向は比較的政党間でも安定しており、自民党で半数、立憲民主党で約42%、希望の党で72%の衆議院議員がこれらのトップスクールの卒業生となっていました。その他の大学については括り方が難しいので具体的な数値には踏み込みませんが、残りの半数の衆議院議員についても、かなり名の知れた大学(例えば、神戸大・一橋大・上智大など) の卒業生が多い印象を受けました。
次に学歴をみると、衆議院議員のうち、最終学歴が大卒未満(大学中退もここに含まれます)の者はわずか20名(約4%)しかいませんでした。日本の25-64歳に占める非大卒者の割合が約半数であることを考えると、衆議院議員が国民全体と比べてかなり高学歴であることが読み取れます。この傾向は大学院にも当てはまり、衆議院議員の134名、つまり約30%は大学院の修了者となっています。また、海外で学位を取得した者も67名いました(元官僚の議員が、税金で留学する「官費留学」で海外の修士号を取得しているケースも少なくないので、やや割り引いて考える必要はあるかもしれません)。
これらの数値から、有権者は学校歴も学歴もかなり高い人達に一票を投じており、日本の有権者はかなりエリート好みであることが読み取れます。
ここで去年の今頃の記事で指摘した内容を思い出してください。去年の11月の記事で指摘したのは、東大の女子学生比率は約20%程度しかなく、他の旧帝国大学も女子学生比率が1/3を超えているところは一つもない、という点でした。また、去年の9月の記事で指摘したのは、女性の大学院生の数は、男性の半分にも満たないという事実でした。
国会議員を選ぶ際に教育水準だけで決める人はほぼいないと思いますが、知識やスキル、人脈といったものが人生を通じて積み上げられていく物であることを考えれば、それらに多大な影響を与えることになる最初の地点、すなわち教育段階においてここまで男女差が生じていると、国会議員の男女比が均衡点に至るに足るだけの経歴を兼ね備えた候補者が有権者に対して提示されるのも難しいのではないでしょうか。
女性国会議員が増えれば女子教育の拡充も進みやすくなると思いますし、女子学生たちのロールモデルが増えて学ぶ動機付けにもなり得ます。さらに、東大・京大出身の衆議院議員に占める女性議員の比率はわずか5.7%である一方で、東大・京大の女子学生比率が約20%であることを考えると、既存の政党がトップスクールを卒業した女性を政治の道へといざなうことに失敗していることが読み取れるので(1980年の東大の女子学生比率が5.6%であることを考えても、少し低すぎると思います)、政党には引き続き有能な女性を取り立てる努力を続けて頂きたいところです。
まとめ
実はジェンダーギャップ指数には数多くの問題点があります。例えば、教育分野の指標では、男女間の格差を計測しようとしているにもかかわらず、男女間の均衡点が満点になるのではなく、女子の就学率が男子よりも高ければすべて満点になっています。先々月の記事でご紹介したように、「落ちこぼれ男子の問題」がいくつかの先進国で噴出しつつある現状を考えれば、こうした基準を採用しているこの指標がいかに欠陥指標であるか分かるかと思います。このような問題点は他の指標でも散見され、ジェンダーギャップ指数の点数・順位のつけ方に問題があることが読み取れます。
しかし、このような問題をはらむものであっても、ジェンダーギャップ指数が国際的にある一定の影響力を持つ以上、この指標を改善するために努力する必要があります。理由は大学の世界ランキングを例に引くと分かりやすいかもしれません。
詳細は省略しますが、いくつかの機関が発表している大学の世界ランキングもその順位のつけ方に大いに疑問が残るものです。しかし、大学院の入試の際に、外国からの出願者の出身大学のレベルを知るためや、留学や研究協定などを結ぶ際に相手の大学のレベルを知るために、世界ランキングが参照されてしまうケースもあります。このため、大学の世界ランキングがその手法に問題があるものであったとしても、日本の大学の世界ランキングの凋落は、日本の国際的な競争力に暗い影を落としかねないものとなってしまうのです。このことはジェンダーギャップ指数でも言えることです。
残念ながらこのような、「ルールを作った者がゲームに勝つ」、というのは国際社会の常です。もちろんルールを変えることも大切ですが、ゲームに勝つためにはルールの中で最適な手法をとることも必要です。
この連載で繰り返し強調しているように、日本のジェンダー格差の問題は、女子教育が他の先進諸国よりも大幅に遅れてしまっていることに端を発しています。もちろん社会でのジェンダー格差が女子の学ぶ意欲を失っている点は否めず、政治・労働側からの取り組みが必要なのは明らかでしょう。しかし、やはりそれでも女子教育の遅れがボトルネックになっているのは、政治参加においても例外ではありません。今回選挙で選ばれた人たちの経歴から鑑みて日本の有権者にかなりのエリート志向が見られる以上、女性達が学歴・学校歴で大幅に劣っている現状に取り組まないことには、政治分野におけるジェンダー平等の実現は難しいでしょうし、日本のジェンダーギャップ指数も下位に沈んだままとなるでしょう。