妄想食堂「スタバの『システマチックな優しさ』がちょうどいいとき」

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 人の多いところに行くのが苦手だ。人が嫌いというわけではないけれども、新宿や渋谷などの賑やかな街に出かけると、人混みにあてられて頭がフワーッとしてしまう。たぶん私は、自分と外界との間にシャッターを降ろすのが下手なのだ。他人との距離が近いのも落ち着かないし、すれ違う人のちょっとした仕草や話し声なんかも気になって仕方がない。人間って生々しいし、情報量が多すぎる。すぐにへとへとに疲れては、近くのカフェや喫茶店に逃げ込むことになる。

 私にとってカフェは避難所だ(この連載のバナーを描いてくれているカフェマニアの飯塚めりさんも、同じようなことを言っていた)。お金を払って、一人になれる場所と時間を買う。もちろん友人とレジャー感覚でいい感じのお店に行くのも好きだ。特徴のあるメニュー。こだわりの内装。人柄の良い店主。だけど人に疲れてしまったときは、そういう個人経営っぽいお店にはどうしても足が向かない。人の気配が濃すぎるのだ。お店の人に話しかけられたり、顔認識されたりするのも怖い。人の温度にふれることを、生々しくてしんどいと感じてしまう。

 そういうときは、だいたいチェーンのカフェに行く。“人間”がやっていないタイプのお店。どの店舗に行っても同じメニューが出てくるし、同じ態度で接客をしてもらえる。中でも私はスターバックスが好きだ。店員さんの明るく爽やかな笑顔。プラスチックカップに商品名と一緒に書かれるメッセージ。スターバックスのホスピタリティが優れていることは周知の事実だが、私はあの完成された接客に、磨き上げられ、洗練され尽くしたものだけが持つ無機質さを感じてしまう。隙のない、システマチックな優しさ。

 もちろんスターバックスの店員さんだって、機械的な接客をしているつもりはないはずだ。個人個人がよりよいサービスを提供するために、日々思いをめぐらせながら働いている。しかしそれらが集合し、洗練されていくことによって「スターバックスのホスピタリティ」としか言いようのない何かを形づくっているのだ。彼らは私、つまり客という存在を通して「スターバックス」という大きなシステムに奉仕しているのだという、信仰心じみた気持ちすら身勝手に抱いてしまう。

 システマチックであることを是とするか非とするかは人によると思う。ちょっとくらい隙がある方が人間味を感じさせるし、完璧すぎるものは味気なくてつまらない。個人経営の喫茶店を愛する人からしたら「チェーンのカフェなんて邪道だ」と言いたくなることもあるしれない。人間は温かく、機械は冷たい。だけど私はときどき、人間の温かさ、生々しさに耐えられなくなる。気持ち悪いと思うことだって。そういうとき、ひんやりと無機質な空間に逃げ込むことが何より救いになる。

 私の場合、他人に意識が向きすぎてしまうというのと同時に、自意識が過剰なのも大きいかもしれない。人の温もりに触れたくないというのは、私を「私」として見てほしくないということでもある。できる限りよい「自分」として振る舞い続けるのはすごく疲れる。だけど一度個人として認識されてしまったら、そうせずにはいられなくなってしまう。

 仲良しのマスターがいるお店には長らく顔を出していない。ちょっとでも疲れていたり元気がなかったりすると、知り合いに会うのが怖くなる。「自分」をうまくやる自信がないのだ。近いうちにお邪魔しますと言っておきながら半年ほど行っていないので、不義理なやつだと思われているかもしれない。久しぶりに顔を出したかと思えば元気もないし愛想もない、そんなの最悪じゃないのか(これが思い込みであることも重々承知しています)。

 だからどんどん知り合いのいる店からは足が遠のいて、スターバックスにばかり行ってしまう。あふれんばかりの笑顔も気遣いも、臆せず受け入れられる。この笑顔は、気遣いは、私という個人に向けられたものではない。元気がなくても疲れていても、安心して避難所として利用できる。

 この間、新宿のルミネに入っているスターバックスに行ったら、プラスチックカップに商品名を機械で印字したシールが貼られるようになっていた。おそらくオーダーミスを減らすためだろう。ますますシステマチックになっていく。しかしカップを手に取ると、おそろしいことにそこにはあの手書きの「Thank you♡」がプリントされていた。これは一体どういうことだ。普通ここまできたら手書きは諦めるだろう。

 手の中にある「Thank you♡」をじっと見つめる。解像度が低くてジャギジャギしている。人間的なのか機械的なのか、まったく判断がつかない。やはりこの人たちは大いなる何かに奉仕しているのだ、と再認識した瞬間だった。

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