ツイッターの「凍結祭り」は、放置されてきた問題発言を多さを意味している?

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 ツイッター社が機械的に「死にたい」「自殺」といった言葉をツイートしているアカウントを凍結した場合、松本氏が危惧するような事態になりかねない。安心して「死にたい」といえる空間がなくなればなくなるほど、希死念慮を抱えた人びとは、アンダーグラウンドな場に流れ、より人々の目につきにくくなってしまうだろう。その結果、座間市のような悲惨な事件が再び起こることになってしまうかもしれない。

 だからといって、日々大量に流れるツイートをすべてチェックし、文脈を読み取り、処分を決めるというのもまた到底無理がある。ツイッター社がいま直面しているのは、こうした事態なのだ。

 しかし、ツイッター社が万全の体制になるまで、ヘイトスピーチや問題のあるツイートを繰り返すアカウントを放置しておけばいい、とのんきなことも言えない。ネット上で日々加害行為を被っている人びとに、「いずれ改善するはずだから、いまは我慢しよう」というのは酷だし、「我慢できる程度のもの」と被害を過小評価しているということでもある。

 本記事で、ツイッター社への抗議を言及する際に紹介した「水原希子出演プレミアム・モルツCMへのヘイトは4カ月前から行われていた。私たちが批判の声を挙げることに意味がある。」という記事では、モデル・女優の水原希子氏に対してツイッター上で浴びせられている無数のヘイトスピーチを紹介した。この騒動は、多数のメディアで取り上げられ、瞬間的に大きなムーブメントとなっていた。wezzyでもその後、関連する記事を2本ほど掲載している。

反日=非難・差別対象?水原希子が「日本人でないこと」を強調していたという悪質デマと、フィフィらの反応
水原希子の「芸名問題」にみる日本の閉鎖性と人種差別~ナタリー・ポートマンもブルーノ・マーズも芸名。その本名は?(堂本かおる氏の記事)

 非常に地味で、目新しさもなく、見栄えのない結論となってしまうが、結局のところ、いまわたしたちにできるのは、いちいち、しつこく、粘り強く、こうした声をあげていくことだ。そして、十把一絡げに、特定の言葉を使っているから問題だ、とあげつらうのではなく、そもそもの問題は何か、を考え続けることだ。ツイッター社が社会の変化を牽引するような会社だったら素晴らしいが、ここまでの対応を考えれば、期待はできないだろう。であれば、ツイッター社が変わるのをまつのではなく、社会が変わるように促していけばいい。

 今年10月、ツイッタージャパンは、2017年上半期に世界で凍結した児童性的搾取関連アカウントのうち、38%が日本のアカウントとみられる、という発表をしている(日本における児童の性的搾取へのTwitterの取り組みの新しいご報告)。民族差別、人種差別、性差別などは、ツイッターだけでなくあらゆるネット空間、ひいては私たちの社会そのものに溢れている。これを放置し続けてきたのはツイッター社だけではない。

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