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彼女たちが傷つきながらも複数の人とセックスをくり返すのはなぜ? 「メンヘラビッチ」のバックグラウンドを考える

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メンヘラビッチ女性との出会い

 私は2年前の8月に二村ヒトシさんの読書会でたかだまなみという女性と出会いました。そのときの彼女はあまり話さず、あまり笑わずに料理を作ったり会の準備をしたりしていて、大人びて見えました。彼女は会場になっているシェアハウスの住人で、その読書会を主催しているひとりでもありました。彼女を含む主催者の女性たちは、自分たちのことを「メンヘラビッチ」だと言っていました。

 まなみさんは当時、妊娠中絶をしたばかりで、心身ともに不調でとても傷ついているときだったようです。読書会の後、私はそのシェアハウスに出入りするようになりますが、彼女が泣きながら帰ってきたこともありました。私は自分で「ビッチ」と名乗る人は性を謳歌したりセックスに対するハードルがあまり高くなかったりするものと思っていました。しかしメンヘラビッチを自称する彼女たちは、いつも恋愛やセックスで傷ついていたのです。

 そんな彼女たちのバックグラウンドを聞いていくうちに、共通点が見えてきました。

 まず、家庭に問題を抱えていました。親との関係が悪く、家庭で苦しい思いをしていたのです。そして話を聞いた人のほとんどが人が何らかの性暴力を受けた経験がありました。性で傷ついた彼女たちはそれを取り返すように、あるいは復讐するようにセックスをくり返します。彼女たちにとってセックスは自傷行為であり、たとえるならリストカットのようなものなのでしょう。メンヘラビッチは機能不全家族と性暴力でできているのです。

 性暴力を描いた映画『月光』を見たとき、主人公のカオリはメンヘラビッチ予備軍のお手本のようだと思いました。幼少期に性暴力被害の経験があり、また、母親は娘に向き合いません。自分を大事にしてくれない男性に依存してしまい、性暴力に再び遭う……。一般的には、性暴力被害者は男性嫌悪になるというイメージがあります。しかし、性暴力がきっかけで性に奔放になることはめずらしくありません。加えて、家族というセーフティネットがないことで人間関係をうまく築けず、安全な場所を男性に求めて依存してしまいやすいのでしょう。

 その後さらに、メンヘラビッチには2パターンあることがわかりました。

 まずひとつが「裕福な家庭で抑圧が強く高い教育を与えられている人」。もう一方は、「貧困、もしくは性暴力が常態化した世界で育った人」です。

 まなみさんは、前者に相当します。一見恵まれていてるように見えますが、教育レベルの高い家庭は子どもへの期待が大きく抑圧も激しいことがあります。そのためか、性規範の意識がものすごく強い人が多いのです。親への復讐としてセックスをし、そのような自分を削るセックスでストレスを感じ、またそれを埋めるためにセックスをくり返す人もいます。

 そして後者では、親の影響で教育を思うように受けられなかったというのが、ひとつのパターンになっています。このような人はあまり可視化されず、負の連鎖が続いているためか、本人自体自分のことをうまく説明できなかったり、誰かに自分が傷つくことをされたとしても疑問を持てなかったりする人も多く、周囲に理解されにくいのです。

 このようにメンヘラビッチになる背景には社会問題が大きく関わっていることがわかりました。

 私のバックグラウンドは前者のそれにかなり近いです。私も性暴力に遭い精神的に不安定でそれによって周囲に迷惑をかける、いわゆるメンヘラだった時期がありました。ただ、一般にイメージされるようなメンヘラな行動はあまり取れませんでした。プライドが高かったせいなのかわかりませんが、依存はあったものの、人に極端に依存して甘えることができなかったのです。

メンヘラだけど、ビッチにはならなかった

 複数の人を同時に好きになる性質に罪悪感を感じていたことにも後押しされ、不特定多数とセックスができるようになろうとしたこともありましたが、結局できずじまいでした。自分を壊したくても、壊せない。本心で自分がしたくない行動は取れなかったからです。そんな自分が嫌でした。いま思うとおかしな話ですが、「それができれば傷つかずに済むのに」と思っていました。振り切った人たちをむしろ潔く感じていたのです。

 なぜ私はメンヘラビッチにならなかったのか。とても不思議で、いまでもずっとその理由を考えているのですが、まず自分は「回避型」であり、メンヘラビッチを自認する彼女たちは「干渉型」なのだと思います。私は結果的に性を嫌悪はしなかったけれど、最初から異性として自分に接してくる人は苦手でしたし、男性性の強い男性やいわゆる性に奔放なタイプの男性を好みませんでした。私はそうやって苦手な異性を寄せ付けず「回避」しました。しかし彼女たちは関われば自分が傷ついてしまう相手に魅力を感じ、セックスを通じて「干渉」するのです。

 加えて、人間関係に恵まれていたことや、恋愛以外に大事なものが多かったこともプラスに働いたのかもしれません。楽しくのびのびと「意識高い」活動をしていた私は、女性らしく振る舞うことや女性としての役割を求められる機会が少なく、周囲の男性にセックスを期待されていると感じることはあまりありませんでした。また性暴力被害に関しては周囲の支えもあり、早い段階で自分の経験を発信しはじめたことで知識を得、人とつながり、自分を見つめ直すことができたのです。性暴力被害後の人間関係は、メンヘラビッチになるかならないかの鍵になるのではないでしょうか。

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