社会

山東昭子「4人以上産んだ女性を表彰」の発想は戦前にもあった。誰も国のために子どもを産んでいるわけではない。

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 例えば、斉藤正美氏に寄稿いただいたように、現在政府は「婚活」を国家プロジェクトとして推進し、莫大な税金を投入している(国家プロジェクトと化した「婚活」 莫大な税金投入は誰のため?)。まさに「公営の機関などで積極的に結婚の紹介、斡旋、指導をする」だ。

 また今年8月には、石川県かほく市の「かほく市ママ課プロジェクト」と財務省の予算担当者の意見交換会で、独身者に税負担をかける「独身税」というアイディアが出ていたことが報道された(その後、「誤報」など情報が錯綜したが、かほく市がHP上で報道された主旨の発言があったことを認め、独身税を提案する考えはないと発表している)。これは「独身者の負担を重くする」という発想そのままだろう。

 かほく市はあくまで地方自治体のひとつに過ぎない。しかし、政府は今月、子どもがいない、年収が800900万円を上回る世帯への増税を検討していることがわかっている(子どもなし世帯、年収800万円超で増税案 政府検討)。独身税ならぬ「子なし税」を検討しているということだ。

 さらに先程紹介した「結婚十訓」の1カ月前、19398月に発表された「優良多子家庭表彰要綱」は、「優良多子家庭表彰要綱」は「両親が同じ、6歳以上の子どもを10人育てること」「6歳になるまで、天災などの理由以外で、子どもを亡くさないこと」「子どもは心身ともに健康であること」などの条件を満たした親を表彰状と記念品を贈るとされている。まさに、山東議員が発言した「子どもを4人以上産んだ女性を表彰」に瓜二つではないだろうか。

 現政権が、これらを「戦争のため」の準備として行っているかどうかはわからない。少子化対策のために強権的な振る舞いをしているだけなのかもしれない。いずれにせよ問題なのは、これらが戦前・戦中に行われていた「国のため」の政策と同じ発想のもとに行われている点にある。妊娠・出産は国のために行うものではない。それぞれが、個々の判断のもとで選択すべきものであるはずだ。政府がすべきは、妊娠・出産を希望する人びとが、より産みやすく、育てやすくなるよう社会制度を整えることにある。もちろん、妊娠・出産しない/しなかった人たちの生き方を否定しない形で、だ。

 山東議員の発言は恐ろしいだけでなく、たちも悪い。女性の間で、余計な対立構造を作ろうとしているように見える。

 山東議員には「仕事をしている人=妊娠出産育児をしていない」「主婦=妊娠出産育児をしている人」という考えがあるようだが、これは全くの間違いだ。就労しながら妊娠出産育児をしている女性もいるし、妊娠出産育児せずに主婦として家事労働を行っている女性もいる。主婦の評価をあげたいのであれば、妊娠・出産を奨励するのではなく、軽んじられることの多い家事労働を真っ当に評価するように働きかけるべきではないか。

「女性活躍社会で仕事をしている人が評価されるようになって、逆に主婦が評価されていないという声もある」という山東議員の発言は、そんな当然のことにも気づかず、安易に「働く女性VS主婦」という対立を煽る。こうした対立は、ときに女性同士で足を引っ張り合うことになるだろう。働きやすさが改善され、女性が就労できるようになることと、主婦の存在を否定することはイコールではない。同時に実現可能なものだ。

山東議員の発言はすでに各所から猛烈な批判が上がっているが、特に弁明などは発表されていない。政府は着々と「国のため」の少子化対策の準備を進めている。
wezzy編集部)

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