台湾系の少年がヒップホップ
2015年2月、地上波ネットワーク局ABCで台湾系一家を主人公としたシットコム『フアン家のアメリカ開拓記』が始まった。このコメディ・ドラマはアジア系視聴者以外にも大いに受け、大ヒットとなった。
舞台は1990年代半ば。ワシントンD.C.のチャイナタウンに暮らしていたフアン一家が新天地フロリダ州オーランドに引っ越し、ステーキ・レストランを営む日常をおもしろおかしく描いている。
主人公は11歳で小太り、ヒップホップ・ファンの長男エディ。当時はアジア系の少年がヒップホップを聴くというだけで、からかいの対象にもなった。そもそも原題の『Fresh Off the Boat』は「ボート難民」を指す差別的なスラングだ。この自虐的ともいえる設定は、現在、セレブ・シェフとして活躍するエディ・フアンが自身の生い立ちに基づいて書いた同名の本を原作としている。
劇中ではアメリカで生まれ、アメリカン・カルチャーの中で育つエディと、台湾からの移民でアジア的な考えや習慣をキープする親との葛藤、アジア人へのステレオタイプ、他人種との交流などを描いている。とはいえ、のんきなエディ、優等生でソツのない弟たち、癇の強い母親(演じるコンスタンス・ウーの演技が最高!)、おおらかな父親、ミステリアスな祖母のアンサンブルが見事で、毎回爆笑必至の名作だ。
実はこのドラマ、1994年に米国テレビ史上初のアジア系シットコムとしてオンエアされた『オール・アメリカン・ガール』を意識して作られている。同作は韓国系アメリカ人コメディアン、マーガレット・チョウが演じるティーンエイジャーを主人公に、韓国系一家の生活を描写。こちらもタイトルから分かるように、主人公の韓国系としてのバックグラウンドと、アメリカ人としてのアイデンティティの葛藤がテーマとなっている。
残念ながら『オール・アメリカン・ガール』の評判はあまりよくなく、1シーズンで打ち切りとなり、以後、アジア系が主役のシットコムは『フアン家のアメリカ開拓記』の登場まで実に21年も待つことになった。『オール・アメリカン・ガール』が失敗した理由のひとつは、実際に韓国系だったのはチョウのみで、他のメンバーは中国系などが演じていたこともあるのかもしれない。ドラマの最も熱心なファンとなるはずだった韓国系アメリカ人には、その違いがはっきりと分かったのではないだろうか。
インド系のCM俳優が恋人探し in ニューヨーク

『マスター・オブ・ゼロ』トレイラーより
いずれにせよ、『フアン家のアメリカ開拓記』の成功はアジア系のドラマに道を開いた。今年、ネットフリックスでは『マスター・オブ・ゼロ』が始まった。こちらも高評価を得、主演で原作も手掛けたコメディアン、アジズ・アンサリも今年のエミー賞コメディ部門最優秀男優賞にノミネートされた。
『マスター・オブ・ゼロ』はアメリカ生まれのインド系二世で、ニューヨークに暮らす平凡なCM俳優を主人公としたコメディだ。主人公を演じるアンサリと台湾系の脚本家アラン・ヤンの共同原作により、インド系二世の苦労、医者である父親や伝統的な価値観、信仰を重んじる母親との齟齬(両親役の俳優が超絶的に面白い)、他人種の友人や恋人との付き合いの中でおのずと出てくる人種問題がキーとなっている。
『フアン家のアメリカ開拓記』は主人公が郊外の中流地区に暮らす少年、『マスター・オブ・ゼロ』の主人公は30歳のヤングアダルトであり、恋愛事情も含めてニューヨーカーとしてのライフスタイルが特徴だ。だが、共にアジア系自身によって作られ、アジア系アメリカ人、マイノリティ、移民としての葛藤が自虐ジョーク、他者へのジョーク、アメリカ社会への皮肉も込めて描かれている部分が大きな共通点となっている。アジア系や移民の視聴者は「そう、そう、本当にそうなんだよね」と頷きながら爆笑し、アジア系以外にはアジア系のリアル、移民のリアルを知る教科書代わりとなっているはずだ。
一方、2番組ともあくまでアメリカに暮らすアジア系の移民二世を主人公としたドラマであり、移民や二世としての体験、ふたつの祖国、ふたつのアイデンティティを持たない日本在住の日本人には理解が及ばない部分もあるかと思われる。それでも出演俳優たちは演技が達者であり、ジョークもよく練られており、笑えるシーンはいくらでもある。何よりアメリカのアジア系移民を知る手がかりとなるので、機会があれば一見の価値はあると言えるだろう。