00年代初頭の作品『汚れてる暇なんかない』のヤリマン主人公は、性被害に遭いながら「痛がり方を知らない」女の子

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 今回は漫画作品、石田拓実の『汚れてる暇なんかない』(集英社)を採り上げます。少女漫画では主に恋愛、そのなかでも精神的な面が描かれますが、石田拓実作品はテーマの中心に身体やセックスがあることが多いです。セックスを描いている漫画というと退廃的な雰囲気や文学的な作品、またはエロであったり生々しかったりするものを思い浮かべるでしょう。

 しかし石田拓実作品はリアルだけれど全体的に空気が明るく、後ろ暗さや生々しさがありません。ある意味とても当たり前にセックスが物語に入り込んでいて、テンポのよさも手伝って抵抗感なく読めるのです。シンプルな話し言葉で精神と肉体両方から始まる感覚をていねいに描いていて、それがどの作品にも通じる価値観だといえます。

 私はそこに共感するところもあり、石田拓実作品の大ファンで、もっと知られて欲しい作家さんだと思っています。キャリアが長く、2001年に発表された『汚れてる暇~』は少し古めの絵柄ですが、近年の『はしたなくてごめん』(集英社)や現在連載中の『カカフカカ』(講談社)もテーマはおおむね変わらず、しかし絵柄はとてもかわいらしくて読みやすいと感じます。

 『汚れてる~』は「ヤリマン」になってしまった主人公の松美サチコ(通称サチ)のお話です。サチは自他ともに認める「おバカ」で、同時に明るく憎めない超天然なキャラクターとして描かれています。

 大学生であるサチが、好きな男にセフレ宣言をされたと友人に報告するところから物語は始まります。サチは簡単に男性とセックスをしてしまいますが、セックスが好きというわけではありません。セフレ扱いをされると傷つきますし、毎回なにかを探して「今度こそは」と期待してセックスをしては「間違えた」と思うことをくり返します。男性に大事にされず、「自分は大事にされる価値のない人間なんじゃないか」と落ち込み、友人に慰められています。

 物語はサチの過去を挟みながら進んでいきます。なぜサチはヤリマンになってしまったのか、どう生きてきたのか。現在に至るまでをたどるなかで、彼女とさまざまな人との関わりが描かれ、そして最後には探していたものは何なのかを知ることになります。

サチは、メンヘラビッチ

 なぜヤリマンになったのかーー明かされていくその経緯には胸が痛みます。中学時代初めて付き合った男の子かずやくんと手をつなぐまでの関係の交際をしているなか、セックスをステータスにしている周囲のマセた女の子にバカにされて、その先に関係が進まないことを焦りはじめます。

 かずやくんを焦らせるつもりで、サチは友人たちのあいだで人気の先輩の家に気軽な気持ちで遊びに行き、襲われて処女を失ってしまうのです。天然で明るくおバカな彼女はいつも誰にもきちんと説明をせず、ヘラヘラと笑ったり謝ったりするだけで誤解を解きません。

 かずやくんにもフラれ、彼女はその後高校に進学してさらに周囲に誤解されていきます。自分からセックスをしようとしたことはないにもかかわらず、簡単にヤレると思った男の子にセックスを強要されたりしているうちに、ヤリマンと呼ばれるようになります

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