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基本的な「家事」の水準が異常に高い日本。家の中でまでせっせと働かなくてもいいのでは問題(『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』佐光紀子)

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手作りの食事へのこだわり

 『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』では、統計資料を照らし合わせつつ、また著者や著者の友人知人の経験を交えながら、他国と日本との家事事情比較が行われる。そして、他国と比べ、日本人は家事をやりすぎ(家事に時間と手間をかけすぎ)で、特に女性の家事負担が大きく(日本人男性は他国の男性に比べて家事時間が少ない)、その背景には政府・教育・メディアなどによる家事丁寧賛美があること、また女性自身が家事を“すべきこと”と考えていたり、丁寧な暮らしへの憧れがあったりするためではないかと、分析している。

 その一例として挙げられているのが、文部科学省が推進している国民運動「早寝早起き朝ごはん」で、2006年には「早寝早起き朝ごはん」全国協議会も設立されている。協議会のホームページを見ると、『早寝早起き朝ごはんガイド』(幼児~高校生までそれぞれの年齢に応じたガイドに加え、やはり子供の年齢に応じての指導者・保護者向けのガイドも揃っている)や、『簡単おかずでバランスアップ! 朝ごはんポケットレシピ』といったレシピブックを作成しているらしく、ダウンロードもできるようになっている。

 レシピ内容を閲覧してみると、「ポパイオムレツ(卵とベーコンと牛乳とフライドポテトとほうれん草を混ぜフライパンで焼いたもの)」「大根のトマト煮(大根とベーコンをにんにく風味で炒めケチャップで和えたもの)」など、それなりに手間がかかりそうなものが紹介されている。一品に含まれる食材の数が多く、洗い物も増えそうだ。子供のために朝からこのようなメニューを用意することは、自分は到底できないし、できるようになりたいとも思わない……というのが私の正直な気持ちだ。

 私自身が受けた義務教育でも、「朝ごはんを食べる」「好き嫌いをしない」「バランスよい食事」、そして「買ったものより手作りがよろしい」というスタンスは今と同様だったと記憶している。当時、学校の先生はそういうことを言いたがるもの、という認識もあり疑問を抱くことはなかったが、しかし片田舎の小中学校、既婚・子持ちの教員は多く、学校に出勤するのは朝8時前。彼らには児童・生徒に語るような望ましい食生活を実践するような余裕があったのだろうか? と、今にして思う。

 海外の一般的な朝食はもっとずっと簡素であるが(コーヒーとパンとジャム、カフェオレとクロワッサンなど毎朝同じメニュー)、その朝食を食べて育つ海外の子供たちが、どうしようもない大人になってしまうのかといえば全くそんなことはない。そう考えれば、別に朝ごはんが毎日同じ、トーストとバナナだったり、前夜の残り白米と残り味噌汁、以上、だったりしても特に問題は起きなそうである。とりあえず、朝から包丁もフライパンも使わずに、エネルギーを補給できればOKなのだ。食の簡素化どんとこいである。昼食、夕食に関しても、専業主婦文化が盛り上がっていたおかげで日本は家庭料理の幅が広く大変豊かではあるが、一般的とされる水準がハイレベルすぎる。豪華な料理は外食、あるいは特別な日用にして、普段は土井善晴先生よろしく一汁一菜(コンビニやスーパーで惣菜を調達したっていい)で食べ過ぎないようにしていればいいのではないか。

 また、テレビドラマで「母親に手作りのお弁当を作ってもらえない子供」というキャラクターが登場すると、たいていは家庭でトラブルが起きていて、愛情に飢え、孤独を抱え、居場所がなく、ゆえに問題行動を起こす――といったステレオタイプの「かわいそうな子」である。そういった設定を含んだ作品を複数見ているうちに、「母親に手作りのお弁当を作ってもらえない子供」はすなわち「かわいそうな子」だとごく自然に考えるようになってしまう(刷り込まれてしまう)ことは大いにあるだろうし、もし実際に「母親に手作りのお弁当を作ってもらえない子供」に出くわしたら条件反射的に憐みを感じ、自分や自分の子供が「母親に手作りのお弁当を作ってもらえない子供」の立場になれば卑屈な気持ちになるかもしれない。手作りの食事というのは、体の成長や健康維持のためのみならず、“愛情”の深さを表すものとして機能しているから大変厄介だ。

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中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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