性暴力について発信しているのに、詩織さんの『Black Box』を開けなかった。声を上げられないサバイバーに伝えたいこと

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 元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏に性的暴行を受けたと訴え出たフリージャーナリストの伊藤詩織さんが、自身の経験を明らかにした手記『Black Box』(文藝春秋)を発売し話題になっています。

 2017529日に詩織さんが司法記者クラブで記者会見を開いてから、性暴力に関わる発信をつづけている人はもちろん、普段この問題に関心を持たない人まで詩織さんについて、事件についてSNSなどで言及するようになりました。

 その一方で、私はずっとそのどちらについても言及することを避けてきました。Twitterでニュースをシェアしたり、軽く触れたりすることはあったのですが、事実関係はさておき、性暴力全般に通じる問題を一部提起するのみでした。なぜなら「この話題は慎重に取り扱いたい」と思ったからです。そして、この事件を性暴力全体の問題として発言していくためにも、この段階で詩織さんの事件に固有の問題について自分の考えを表明しませんでした。

 そう思うに至ったのには、いくつかの理由があります。

いくつもの問題が複雑に絡み合う

 まず第一に、語るべきトピックがあまりに多く、複雑な要素もたくさん含まれていたからです。ざっと挙げるだけでも、以下のようなものがあります。

 ・権力の問題(相手は、政治ジャーナリストという大物)
 ・そのような大物を相手にしたことに対する、詩織さんへの世間の目
 ・被害直後の支援体制の不足
 ・被害者が訴え出ることがむずかしい捜査体制
 ・訴え出てもなかなか取り扱われず消耗する司法の問題
 ・当事者が公表することによるセカンドレイプ
 ・当時、国会での審議入りが遅れていた刑法改正について

 そのうえさらに詩織さんの個別性が加わり、事は複雑になっていました。その個別性をどう考えるかについては、事実関係がわからないまま憶測で語りたくありませんでした。雑な発信は応援ではなく、かえって足を引っ張ってしまうことになると思ったのです。そうならないためにはしっかり彼女と山口氏の主張について知り、ひとつひとつていねいに語っていく必要がありました。

 それと時を同じくして、痴漢の容疑者が線路に立ち入る事件が盛んに報道されていました。そのことについてSNS上では日々、性暴力被害者への中傷やセカンドレイプが飛び交っていました。ふだんから性暴力について発信している私のもとにも多くのリアクションが届き精神的な負担が大きかったのです。

詩織さんと重なる状況、その後の活動

 そして何より、私は性暴力のサバイバーとして8年前から実名で顔を出して経験を語り、啓蒙活動を行っています。そのことがまず詩織さんと共通していましたし、さらに事件の状況にも重なる部分が多かったからこそ、思うことがありすぎたのです。彼女の発信については、自分の経験も含めて真剣に時間をかけて向き合わかねければならないと感じていました。

 詩織さんが自身の経験を明らかにした手記『Black Box』は、10月に発売されました。私はなかなか本を開くことができずにいました。日ごろ活動しているなかで性暴力被害の経験を多く聞いているにも関わらず、それでもこの本は私にとって重い本でした。

 私はA-live connectという屋号を立てて個人事業として開業し、被害の経験や性暴力の現状や、性に限らない社会問題、多様性の理解について講演や講義をしています。ほかにも若者支援に携わったり、人間関係やコミュニケーションの相談に乗ったりしていますし、性の話を語れる文化をつくるというプロジェクトの運営を行っています。始めたばかりのことも多く、生活と活動を両立させることはとてもむずかしく、毎日を慌ただしく生きています。

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