当事者にとっていちばん必要なことは自分の心身を尊重することです。性暴力を受けると「自分の心と身体は自分のものである」という感覚を奪われます。同意のない性行為や類似行為は自分の心身の自由を侵害される行為なのです。性暴力が「魂の殺人」と呼ばれる理由はここにあります。
しかし、その人の魂は死んだわけではありません。一度自由を奪われましたが、その人のなかには、しっかりと本来の自分を支える力が消えずに生まれています。そうしてその力を大切に育てて、少しずつ「自分の心と身体は自分のものだ」という感覚を取り戻し、「自分の尊厳は奪われてなどいなかったのだ」と気づくまでが回復なのです。
大切だからこそ、自分にとって重大なことだからこそ、声を上げられない。「自分を責めないでほしい」ーー詩織さんの『Black Box』を受けて、そんなサバイバーにまずこのことを伝えたいと思いました。
どうか声を上げられない自分を責めないでほしい。自分の傷つきや苦しみを否定しないでほしい。同書の冒頭で詩織さんも記しているとおり、PTSDを抱えている方は無理をしないでほしい。詩織さんの本を読めない自分を責めないでほしい。me tooと言えない自分は問題意識がないなんて思わないでほしい。
言うか言わないかは、選択していい
サバイバーにもさまざまな背景があり、状況が違います。サバイバーはあくまであなたの一要素です。それを同じサバイバーだからという理由だけで、ほかの人と比べる必要なんてありません。安全な場所を確保し、自分の感情を大事にし、自分で選択する。それが回復の第一歩です。
声を上げる人がいることは、状況を変えるために必要で大切なことです。声を発することや知ることでエンパワメントされる当事者も多いと感じます。当事者が発信することができるムーブメントは貴重ですし、そういう動きが生まれたことは喜ばしく、広まってほしいと思います。
しかし、声を上げるか上げないかは誰かに強要されるものではありません。自分で上げなければいけないと思う必要もありません。また逆に声を上げているからといって傷ついていないわけではありません。必要なのは、その人の心の声を殺さないことです。心の声を殺しつづけることこそが、本当の「魂の殺人」です。
もちろん性暴力が起きなくなるのが最終的な目標ですが、まずは不用意に傷つけられず、隠さなくてもいい状況にすること、そのうえで言うか言わないかを選択できる状況にすることが大切です。それは性暴力問題に取り組む以上、絶対に忘れてはいけないことだと思います。
直接的なアプローチではありませんが、私は現在、性暴力の問題も包括する身近な取り組みを考えて活動しています。ただ自分が納得するために、たとえ負担の大きいことに取り組んだとしても、自分を削らずに活動していこうと思っています。溺れていた足が地につくように、傷ついた人たちが自分の存在を受け入れて歩けるようになり、幸せに生きられることを願っています。