報じ方がマイノリティの印象を変える
90年代末になると、トランスジェンダーの取り上げ方が急速に変わります。笑いの対象としてではなく、性別移行を病気として認識する「性同一性障害」概念に基づいた番組が数多く放送されるようになります。医療福祉の対象としての「かわいそうな性同一性障害者」というイメージがテレビ番組によって広く流布されるようになります。
例えば『報道ステーション』の前番組である『ニュースステーション』(テレビ朝日系)が99年6月25日、「日本初」の――というのは嘘なのですが――男性から女性への性転換手術(現在は「性別適合手術」という)が行われた日に「性を変えたい人」という特集コーナーを組んでいます。そこでは「性同一性障害」という「病気」の「患者」の「治療」としての性転換手術という構図とその正当性を印象づける演出がなされています。病院、看護師さん、注射のシーンなど医療行為であることを印象づけ、ぬいぐるみ、化粧品、アクセサリーなどでMTFの方の「女らしさ」を映像で表象する。さらに「性同一性障害」とそうでない人たちを差異化する、当事者の方の「私は趣味でやっているとかじゃありません」という言葉(差異化言説)が流されます。
ニューハーフに料理をさせる番組が96年、この『ニュースステーション』が99年ですから、たった3年しか違いません。その間にメディアの扱いにこれだけ変化があったのです。はるな愛さんと、99年に手術を受けた性同一性障害の方の葛藤や悩みがまったく違うものとは私には思えません。男性として生まれ、その性別に違和感を覚えて悩んだ末に手術に踏み切ったのは同じだと思うのです。しかし、メディアの扱い方で印象がまったく違ってしまう。テレビ・メディアによるイメージの操作という点で怖いものを感じました。
こうした性同一性障害報道の結果、日本は世界の中でも突出して性別移行を病気だと考える認識が社会に広まってしまった。性同一性障害という医学用語が一般的な用語としてこんなにも通用している国は日本以外にありません。欧米でもアジア諸国でも、専門の医師は使っても一般的に使われる言葉ではありません。その点、日本は明らかに異常なのですが、日本のメディアはそのことにまったく鈍感です。
2000年代に入ります。2006年10月に『おネエ★MANS!』(日本テレビ系)の放送が始まります。これが現在の、特にバラエティ番組における「オネエ」ブームの原点になります。この番組がきっかけになって、その後、バラエティでは「オネエ枠」というものができるようになります。実はこの番組が始まる前に、私は汐留の日テレ本社に呼ばれて、「こういう番組企画があるのですが、いかがでしょう?」と意見を求められました。「オネエという言葉はゲイ・コミュニティの中で、女装はしないけれどジェンダーロールや言葉遣いが女っぽいゲイのことを言うのであって、はるな愛さんみたいに見るからに女性の人はオネエとはいいません。オネエの意味をメディアが勝手に拡大するのはゲイ・コミュニティ固有の概念の改変であり、ゲイ文化への侵害です。そういうことはやらない方がいいと思います」とはっきり意見しました。以後、一度もお呼びがかかりませんでした。あのとき「たいへん面白い企画ですね」と言っていたら、私もオネエタレントになれていたのかもしれません(笑)。いずれにせよ、本来的にはゲイのカテゴリーに含まれるはずの女装するゲイとトランスウーマンとを混乱させるような、雑な概念をメディアが使うのをもうやめてほしいです。
2008年にははるな愛さんが大ブレイクします。自動車の「スズキ」のCMに起用され、菅原文太さんと共演しました。欧米では一流企業のCMでトランスウーマンが一流の男優と共演するなんて、ほとんどありえません。日本は、それが当たり前のように受け入れられる社会なのです。これはとても重要なポイントです。
2010年代になると、トランスジェンダーを前提としない、つまり「オネエ」枠ではない出演・起用が増えてきました。例えば、能町みね子さんがNHKの相撲中継にゲストとして呼ばれる。その際には能町さんがトランスジェンダーであることは言及されないし、する必要もないのです。私も『AERA』の「LGBT特集」(2017年6月12日号)にコメントした際に、明治大学非常勤講師と書かれているだけで、トランスジェンダーであることは記されませんでした。これは今までになかったことで、注目しています。
トランスウーマンは大きく先行している
将来的にはトランスジェンダーという特別枠ではなく、個々のトランスジェンダーの能力が社会の中で適切に評価されるようになることが望ましいと思いますが、現在はまだそこに至る途上にあります。「三橋さん、そんなこと言うとオネエ枠なくなっちゃいますよ」と言われましたが、別に「オネエ」枠なんてなくなってもいいと私は思っています。
日本のテレビ・メディアにおいて、トランスウーマンは50年以上に及ぶ継続的な活動の末に、それなりの顕在化と社会的認知を獲得しました。世界の中でも、これほどトランスウーマンがテレビで活躍している国は稀であり、いろいろ問題はあるものの、その到達度は誇っていいと思います。一方、レズビアン、マッチョなゲイ、バイセクシュアル、トランスマンは今なお顕在化が不十分で、トランスウーマンとは状況的に大きな差があります。
大きく先行するトランスウーマンに対して他のカテゴリーの状況はほとんど周回遅れと言ってもいいでしょう。今後どのように追いついていくかが課題になると思います。
(取材・構成/wezzy編集部)