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脚色される「女性犯罪者」たち 和歌山カレー事件、林眞須美の「放水シーン」

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 三女の小学校入学時の写真を見た眞須美被告は、成長を喜ぶ一方で嘆息した。

服とハイソックスを見たときに、なんだか母親として選んだもの、自分が目にして選んだものを着せてやりたかったと、今でも悔やまれます。上の3人の子のときは、ちゃんと手をつないで入学式に行ったのに、写真も一緒に写っているのに、三女だけが1人です。

 20002月、かつて林一家が暮らしていた家が放火され、全焼した。2カ月後、近所に住んでいた30代の男が窃盗の容疑で逮捕され、放火を自供した。

 悔しさをおさえられない子どもたちに、眞須美被告は手紙で「なったものはしょうがない。憎しみは持たないようにしようね」と諭した。

 私は眞須美被告に「本当に放火犯が憎くないのですか?」と手紙で尋ねた。するとこんな返事がきた。

この人は物を盗ってますが、放火犯ではないと思っています。刑事にうまいこと認めさせられただけです。盗ったのは子どものおもちゃ、時計、ハンドバッグなどで、高価なものは盗ってません。おもちゃは、近所の子どもたちと遊んであげたかったからだそうです。きっと心の優しい人だと思います。この人が盗っていたので、1997年のクリスマスに主人が買ってくれたグリーンのハンドバッグが燃えずにすみました(主人は濃いグリーンが大好きなのです)。

 眞須美被告は法廷で微笑んだり、午前と午後で洋服を着替えたりしたため、週刊誌に「傍聴席を見て、ふてぶてしく笑っていた」「法廷ファッションショー」などと報じられたことがある。しかし、これは子どもたちからの手紙に「裁判のとき泣かんといてや」と書いてあり、長女と次女それぞれから「判決の日に着てね」「この服を着て頑張って」と服を贈られたため、それに応えただけだった。

 例の放水シーンについては以前、健治氏がこう説明してくれた。

カレー事件のあと、マスコミがウチ囲んだでしょ。夜中もずっといてるから、蚊にさされたらかわいそうだと思って、キンチョール持っていってやったりしたんですよ。それなのに、とりもちつけた棒で郵便受けから郵便抜き取ったり、塀にはしごかけて2階の子ども部屋の写真撮ったりされて。そんとき私、体が不自由やったから、眞須美に「あいつらのぼせ上がってるから、記者会見する言うて集めて、上からいっぺん頭冷やしたれ」て命令したんですよ。以来、眞須美といえば、あの放水の「絵」が使われるでしょ。いかにもカレーに毒入れそうなおばはんの「絵」ですよね。

 「毒婦」「おばはん」のイメージが、眞須美被告にとってあらゆる面で不利に働いたことは否めない。

 明治のはじめ、強盗殺人の罪を犯し「毒婦」と喧伝された高橋お伝以来、女性犯罪者たちはメディアによってより凶悪に、より陰湿に、ときには面白おかしく脚色されてきた。犯罪が娯楽として消費されることによって、事件の真相が覆い隠されてしまうこともあるだろう。

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