社会

性被害がもたらしたPTSDや精神疾患。ずっと自分を大事にできなかった私が自己肯定感を回復する過程

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 そこでA先生に提案されたのが、「休む練習」です。最初は入院を進められました。理由は「だってあなた家にいたら休まないでしょ?」でした。

 私は当時主婦でしたが、たしかにほんとうの意味での「休むこと」ができていませんでした。動けなくなったら休む。でも休むといっても「動けないときでもできること」をするだけで、積極的に「やりたいことをする時間」は作っていなかったのです。消極的な休みだと、たとえ寝ていても心は24時間休まらないままです。

 入院はさすがに金銭的に余裕がないと感じたので、私は自宅で自分を大事にするリハビリを始めました。まずA先生に提案されたのは、

1.時間を区切って休み、好きなことをする時間を作る
2.家事をやりすぎない。できていなくても誰も困らないことは「まあいっか」ということを覚える
3.できるかぎり毎日温泉に行く

でした。それをもとに自分でも何が必要か考えて工夫し、次のように実践していきました。


「休む」は、自分を大切にする第一歩です。「好きなことをする」は「自分の感情に素直になる」「やりたいことを自分で選択する」につながります。


「こうしなければいけない」という思い込みから離れることと、口癖を変えること、そしてがんばらなくても回る仕組みや代替案を用意することでした。

 A先生は、休む時間をつくるために家事をがんばるのをやめるようにいいました。洗い物や料理の負担を減らすため紙皿と割り箸と紙コップを買ったり、お弁当やインスタント食品を使ったりすればいいと薦められました。それを機に私は食事自体にも気を使うようになりました。簡単に栄養を取れるように工夫したり、海外のサプリメントを調べて飲むようになったりしました。料理は趣味のひとつでもあったのでうつでも作れる簡単料理「うつめし」のレシピを考え研究したり、体力のあるときには自分が食べたいものを作ったりしていました。

 私は口癖を変えようと決めました。片づけができずに散らかっていたり、終わっていない家事や用事があったりしても「まあいっか」と意識していうことにしました。くまにはいつも「できていないこと」ばかりを話してしまっていたのですが、それをやめて「やったこと」を話すようになりました。それによってくまにも気づきがありました。「やっていること」を知らず「やっていないこと」ばかり知らされていたがために、それまでは無意識のうちに私を軽視していたそうなのです。

 そして、「自分がいままでやってきたことや日常的に行っていること」を書き出しました。そうすると「できていない」とばかり思っていた自分が、相当な努力と結果を過去にも日常的にも積み上げてきたのだと気づけました。そこで自分に自信を持てるようにもなりました。

●3
これは「身体のケア」と「強制的に休める環境に身を置くこと」につながりました。当時住んでいたところから少し足を伸ばすと、いくつか日帰り温泉があったのでときどき行くようにしました。精神的な問題は身体と直結しており、身体をケアしたりリラックスさせることは大切です。

 温泉という環境は、浴室には携帯電話を持ち込めないですし、上がってからも温泉にいるあいだは日常生活から離れてのんびり頭と身体を休めることができます。家にいるときはやらなければいけないことばかり目に入りますが、そこから離れて落ち着くことができました。

 ほかにも整体に通ったり、自分でストレッチやマッサージをしたり、運動をしたり、身体のケアにも力を入れました。離脱症状で苦しいほど硬直する前も、もともと体中に力が入っていたため力を抜く感覚を知らなかったのですが、力が抜けた状態を身体に覚えさせることで、その抜き方を身につけていきました。

怒ることができるようになった

 これとは別に、いま思えば、好きな作品のオタクのコミュニティにいたことは、私の回復に大きく役立っていたと感じます。私は愛のあるファンたちの考え方や振る舞いに救われました。批判ばかりするのでなく、愛を持って作品を見て語り、作る人のことを考える姿勢を持ち、好きなものを全力で楽しむ人たちとの交流によって、趣味に生きるという生き方を教えてもらえた気がします。好きなものを好きだといえてそれを共有できる環境はとても大切だと感じます。

 そうして回復していくと表情が目に見えて柔らかくなり、顔色もどんどんよくなっていきました。しかしそのなかでもやはり苦しく思うことはまだたくさんありました。

 その後に意識したのは「不快をなくす」「怒る」、そして「離れる」でした。

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