セクハラは男性の問題である。立場上の優位性ありきの関係を「プライベートの恋愛」と誤解する人たち

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女友達がセクハラされている現場を傍観してしまった過去

清田 これまでセクハラ加害者の問題点について考えてきましたが、我が身を振り返ってみると、かつてセクハラに加担し、女友達にこっぴどく怒られた経験がありまして……。20代半ばの頃、僕は大学の同級生と立ち上げた出版系の制作会社に所属していて、当時よく仕事を振ってくれていた代理店の社員さんたちと忘年会をやったんです。で、その二次会のカラオケで社員さんから「誰か若い女の子呼んでよ」と言われ、同級生の女友達2人に電話をし、参加してもらうことになりました。彼女たちはノリのいい人で、カラオケも盛り上げてくれて本当にありがたかったんですが、酔っぱらった社員さんが、彼女たちの肩や腰に何度も手を回していたのが目につき……。

金子 それで清田さんはどうしたんですか?

清田 少し気がかりではあったんですが、空気的には盛り上がっているように感じたし、彼女たちは飲み会慣れしている人だったので、適当にあしらえるだろうとか思って傍観してしまったんです。そしたら飲み会のあと、「何度か胸を揉まれた」「キスもされそうになった」「本当に嫌だった」とめちゃめちゃ怒られまして……。金子先生の本にも、派遣社員や離婚経験のある女性は性的なやり取りに慣れていると思い込み、「(彼女たちは)そんなことに目くじらを立てない訓練を受けている」と語る男性が登場しますよね。

金子 そうですね。

清田 そのくだりを読んだとき、あのカラオケの一件がフラッシュバックし、自分はなんてことをしてしまったのだと激しい自己嫌悪に襲われました。おそらく彼女たちは、相手が僕のクライアント(しかも15歳くらい上)だからということで気を遣い、現場で声を上げられなかったわけですよね……。

金子 そうかもしれませんね。セクハラ被害に遭った女性がその場で声を上げることは本当に難しいと思います。中には「私に隙があったからではないか」「もっと強く拒否すればよかった」と自分を責めてしまう人もいるくらいなので。

清田 当時も自分なりに謝ったんですが、背景にある権力構造などにはまるで無自覚だったし、彼女たちが心理的・身体的に感じた恐怖を想像できていたかというと、正直自信はありません。どうやったらセクハラを“男性問題”として捉えることができるのでしょうか……。

金子 まずは自分自身の中に眠る差別意識や加害性、現実の都合のいい解釈など、とことん自分の手でチェックしてみることが大切です。そして、自分たちの共感能力の低さや、自分たちが手にしている特権についても今一度見直してみる必要があるでしょう。それがセクハラを“男性問題”として捉えるためのスタートラインだと考えています。

清田 自分をチェックするということは、自分自身の内面をしっかり言語化して把握するということにもつながると思います。著書にもある「男性たちが自明のものとして依拠してきたスタンダード」そのものを問い直していく作業ですよね。後編では、そのあたりの具体的な話についてうかがっていきたいと思います。

(後編「セクハラを男性問題として捉えるには?」はこちら)

■金子雅臣(かねこ・まさおみ)
1943年新潟県生まれ。一般社団法人「職場のハラスメント研究所」所長。労働ジャーナリスト。東京都で長年にわたり労働相談の仕事に従事する一方、ルポライターとしても活躍。セクハラ問題の第一人者として執筆や講演活動に取り組む。著書に『裁かれる男たち─セクハラ告発の行方』(明石書店)や『部下を壊す上司たち』(PHP出版)などがある。http://www.harassment.jp/

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