セクハラを“男性問題”として捉えるには「ロジックで考え、自分の内面を見つめる」こと

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セクハラをコミュニケーションだと認識していた人たち

金子 そういうトラブルを起こすのは、ほとんどが部長や専務といった社内で偉い地位にある人でした。それで大きな事件にならないよう、上司の意を受けて下の者が彼女たちのことを辞めさせようとする。女性にしても、「それが理由だ」とは説明されないし、性的なことをされた恥ずかしさなどもあって声を上げることができない。仮に騒ぎ立てても「あの女なに言ってんの?」という話になってしまう。だから表面化せず、ほとんどの女性が泣き寝入りをしていた。

清田 著書には、女性社員にセクハラしたにも関わらず、「ちょっとした男女間のスキンシップの問題」「そんなに大げさな話になってしまうのか」「いやな時代ですね」などと嘆く経営者の男性も出てきましたね。

金子 それが当時の感覚だったんですよ。でも、会社側の主張には論理的にどこか無理があるわけです。それで私も直感的におかしいなとは思っていたんですが、しばらくは受け流してしまっていた。その認識が決定的に変化したきっかけが、勉強も兼ねてサンフランシスコにあるEEOCEqual Employment Opportunity Commission/日本でいう雇用平等委員会)を訪れたときです。そこの人と雑談している際に先のような話をしたら、「それはセクシュアル・ハラスメントの典型例だ」と言われまして。それで分厚い資料を参照しながら、様々な事例を教えてくれたんです。

清田 そこで初めてセクハラという概念を学んだわけですね。

金子 もうね、「俺がモヤモヤ感じていたことが全部ここに載ってる!」って感じでした。当時は80年代の後半でしたが、聞けばこれはすでに世界的な共通認識で、日本はものすごく遅れていると。私はその資料をもらってきて急ぎ翻訳をしつつ、他の職員にも「似たような相談を受けたことない?」と事例を集めたんです。そしたら結構な件数が見つかりまして……。年間で他の相談にも負けないくらいの数だった。それで、それらをまとめて「これはセクハラ問題と言います」と新聞発表したところ、全国から問い合わせが殺到した。

清田 1986年に西船橋駅でストリッパーの女性が酔った男性に絡まれ、突き飛ばしたところ線路へ転落した男性が電車にひかれてしまうという事件があり、これが殺人か女性の防衛行為かで裁判になりました。この裁判で女性の弁護団が初めてセクハラという言葉を使用したんですね。1988~89年には、セクハラ(男性編集長による女性編集者への性的嫌がらせ)を理由とした国内初の民事裁判が行われ、「セクシュアル・ハラスメント」は1989年の流行語にも選ばれています。まさに日本でセクハラという概念が生まれたのはこの頃でした。

金子 納得のいかない理由で会社を辞めさせられた数多くの女性からの反応はもちろんのこと、これまでOKだったことがいきなりNGになったことで困惑した男性たちも大騒ぎをした。大きな反響の背景には、男女双方から観点の異なるリアクションがありました。

清田 男性たちの感覚がヤバすぎますが……それが当時のリアリティだったんですね。

金子 セクハラ男性に嫌がらせという感覚はまったくなくて、むしろ「触ってあげてる」「構ってあげてる」くらいの意識でいたわけです。当時はほとんどの女性が20代の内に結婚して会社を辞めるような時代で、女性は仕事をやっていても男性より一段落ちると見なされていた。驚くべきことに、「女性は年齢が高くなると労働能力が落ちる」と裁判所が公然と言っていましたからね。まったくエビデンスもないのに……。そういう時代の中で、男性たちは触ることで女性社員とコミュニケーションを取っている、くらいの感覚だった。現代の感覚からすると想像を絶する話ですが。

清田 恐ろしいことに、今なおそういう感覚を保持している人はいると思います。

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