彼らはなぜセクハラをしてしまうのか?
清田 前編でセクハラ男性は女性蔑視の傾向が強いという話が出ましたが、なぜ彼らは蔑む対象であるところの女性にわざわざ触ろうとするんですかね……。
金子 そういう男性にとって、職場の女性たちは“仕事相手”ではなく“オンナ”なわけです。だから、絶えず女性に性的な関心を向けているようなタイプの男性は職場でも同じようにするし、お茶くみやケアといった“女性役割”を期待する男性もいる。また、女性=弱い生き物と見なしている人は、「俺が支えてあげなきゃ」という身勝手な妄想を抱いたりする。根底にはそういった意識が流れているように思います。
清田 蔑視しているからこそ、セクハラしてしまう。
金子 ただ、これらは言わば間接的な動機です。加害男性はそこから内側、つまり「なぜ自分は触りたかったのだろう」という直接的な動機のところまで降りて考えないのが難しいところで。セクハラ男性たちを見ていると、自らが抱え込んだ閉塞感や虚しさを癒し、その空白感を女性に埋めてもらいたいという期待が見て取れる。自らと向き合うことから逃げ、埋められない空洞を他者への衝動的な攻撃で埋めようとする。それがパワハラであり、それに性的な要素が加わったものがセクハラです。しかし、当の男性たちにその自覚はない。そこにどう入っていくかが「セクハラを男性問題として捉える」ということではないかと考えています。
清田 僕個人の感覚を掘り下げてみると、特に仕事相手や女友達に性的な眼差しを向けることに過度の罪悪感を覚える傾向があって、またそういった意識を悟られることに対しても恐怖と恥ずかしさを感じるため、かなり意識的に性的な感情を抑圧している感覚があります。でもそれは、裏を返せば相手を女性として意識しすぎているために発生していることかもしれません。また前編で紹介した、女友達のセクハラを傍観してしまった一件では、女性をある種の“貢ぎ物”のように捉える意識がどこかにあったため、代理店社員の求めに応じて彼女たちを呼び出してしまったように思います……。
金子 無意識的に内面化してしまっているジェンダー意識が、最終的にとんでもない結末につながってしまうのがセクハラ事件の特徴です。スタートラインのハードルの低さと、その結果の重大さとのギャップこそ、我々男性が考えなければならないテーマだと思います。
清田 ちなみに金子先生は、まだセクハラという言葉のない時代にあって、どうしてそれを男性問題として捉えることができたんですか? というのも、例えば「#MeToo」や痴漢被害の話題を耳にしても、「それは一部のヤバい男がやってるだけであって、俺はそんな男じゃない」という風に他人事として捉える男性は多いですし、「むしろこの女がヤバい(虚言癖、男をハメようとしているなど)のでは?」と、被害女性に対して疑いの目を向ける男性すら一定数いるので。
金子 私の場合は、職業意識という側面が大きかった。労働相談の現場には、男女問わずクビになったり不当な扱いを受けたりした人が来るわけです。そうなるには、それ相応の理由があるはずですよね。もしも会社側の主張に倫理的・法律的な正当性があれば、それは受け入れざるを得ないということになる。でも、理屈が通ってなければやはり疑問を持ちます。誰が来ようと理由を聞くし、その「なんで?」の部分がおかしかったら疑問を持つ。これが私の仕事の基本的な態度であり、そのラインに引っかかったというだけの話ではあります。
ただ、この「感情ではなく理で考える」という態度は重要だと思っていて、例えばテレビなんかでセクハラの説明をしても、「男女がいれば性的なことが起こるのが自然」と思っている人は感情で反論してくるし、理詰めで説明しても小難しいと思われちゃうんですが、唯一『ビートたけしのTVタックル』に私が出演したとき、ビートたけしさんだけは「わかったよ金子さん、つまり俺みたいなやつがテレビ局でおねーちゃんに声をかけたら全部セクハラになるんだな」と言った。つまり、自分にはものすごい権力があって、相手はビビっちゃうから断れないという構造を、ロジックで理解してくれたわけです。
清田 さすが世界の北野ですね……!
金子 男性が自ら持っている加害性を意識し、それに言及するのは簡単なことじゃないとは思います。私も当時は都庁で孤立無援だったし、「金子がいるときは気をつけよう」と面倒くさいヤツ認定もされました。つまり、“男性仲間”から外されたわけです。でも、ダメなものはダメと言わなきゃいけないし、男性が語らないと根本的には変わっていかない問題だと思っています。
清田 今はむしろ、昭和的セクハラおやじのようなことをするつもりは毛頭ないものの、自分の振るまいがセクハラと受け取られたらどうしようとビクビクしている若い男性も多いと思います。その恐怖心を払拭するためにも、まずは男性自身が自分の中に根深く染みついているジェンダー意識を見つめてみることが大事だと思いました。どうもありがとうございました!
■金子雅臣(かねこ・まさおみ)
1943年新潟県生まれ。一般社団法人「職場のハラスメント研究所」所長。労働ジャーナリスト。東京都で長年にわたり労働相談の仕事に従事する一方、ルポライターとしても活躍。セクハラ問題の第一人者として執筆や講演活動に取り組む。著書に『裁かれる男たち─セクハラ告発の行方』(明石書店)や『部下を壊す上司たち』(PHP出版)などがある。http://www.harassment.jp/