「少女小説」と聞いて何を思い浮かべますか? 『なんて素敵にジャパネスク』に『炎の蜃気楼』、『アナトゥール星伝』に『ちょー』シリーズ、はたまた『十二国記』。世代によって、思い浮かべるタイトルは違うでしょう。しかしながら、どれも「ファンの間以外で語られる場面がほとんどない」という点については共通しています。電撃文庫やスニーカー文庫といったライトノベルレーベルに比べて少女小説は、たとえ大ヒット作品でもあっても批評や研究の対象になりづらい傾向があるようです。
しかし、少女小説が読者に与えてきた影響は決して小さくありません。少女小説の世界でこれまで何が起きてきたのか、そして「今」何が起きているのかを知ることで、見えてくるものがあるはず。そんな視座を持って書かれた評論本が、社会学者・嵯峨景子さんの著書『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社・2016)でした。コバルト文庫創刊40周年の2016年に出版されたこの書籍は、少女小説に親しんできたファンを中心に、着実に反響を広げ続けています。
「学問の世界においても、少女小説研究はまだ始まったばかり」……そう語る嵯峨さんに、wezzyでケータイ小説の考察コラム『誰も知らない大きな国』を連載中のライター・小池未樹が突撃インタビュー。少女小説の歩みについて、重要な転換期について、そして「少女小説批評」の抱える課題と展望について、濃厚なお話を伺いました。
・そろそろ、「少女小説」について語り始めよう/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー
・20代以上が読む「姫嫁」もの、10代に刺さった『告白予行演習』/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー
・少女小説とケータイ小説の違い、10代の虚無感を映すケータイ小説文庫/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー
・「女子ども向け」カルチャーは、なぜ大人たちをいらだたせるのか。/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー
・マスであるほど語られにくい少女向けカルチャー、その先に/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー
「少女たち」が何を読んでいるのか、大人はよく知らない
小池 『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』、発売一カ月で重版していましたよね。おめでとうございます。
嵯峨 そうなんです、ありがたいことに。リアルタイムでコバルト文庫を読んできた方を中心に、予想外にたくさんの反響をいただきました。
小池 記事を読んでいる方の中には、本の内容を知らない方も多いと思うので解説しておきましょう。これは、集英社の文芸雑誌「Cobalt」&コバルト文庫を中心に、1960年代から2010年代までの、戦後少女小説史を総括した労作です。主要な少女小説レーベルだけでなく、ケータイ小説やボーカロイド小説、ライト文芸、ネット小説まで広くカバーしています。ちょっとでもコバルト小説を読んだことのある人は、巻末の「ひとめでわかるコバルト50年史」をまずは見てみてほしいですね。1965年の集英社コバルトブックス創刊からの、主要刊行タイトルや主な出来事がズラリと並んでるんですよ。「うぎゃ〜懐かしい〜!!!」って思うことうけあいです。
嵯峨 このマップは、書籍の企画時点から入れる予定でした。やっぱり、50年の歴史全部を語るとなると、一般の方には全体像の見えにくい本になるので。
小池 「漫画家マリナ」シリーズが懐かしい……「東京S黄尾探偵団」シリーズもしびれるほど懐かしいです……。
嵯峨 (笑)。
小池 しかしこうして振り返ってみると、やっぱり少女小説って、ファン以外の間ではほとんど語られていないんだなと思います。これだけジャンル内の話題作はあっても、文芸批評やカルチャー評論の本で、書名を見ることはなかなかありません。「おすすめのライトノベル」なんかのまとめで、少女小説の名前があがることも少ないですしね。
嵯峨 80年代はまだ、氷室冴子さんや久美沙織さん、新井素子さんのような人気作家が台頭して、「少女小説ブーム」と言われる時期があったので少しは話題になったんですけどね。でも、そのブームがひと段落した90年代以降――桑原水菜さんの『炎の蜃気楼』だとか、若木未生さんの『ハイスクール・オーラバスター』、前田珠子さんの『破妖の剣』シリーズなどは、私もたくさん資料をあたってきましたがまだまだ語られていないなと思います。
小池 そのあたり、同時代の女性に与えた影響は大きいのでは、と想像するのですが……。
嵯峨 同時代の人たちは、そういった感覚をかなり共有していますよね。ただ、ファンとして読んでいない限り、ほとんどこの世界の本について知らない、知る機会がない、という状況が続いていると思います。
小池 ですね。なので嵯峨さんには、そのあたりのお話をたくさん伺いたいです。
嵯峨 はい。この本では、ケータイ小説については最低限の言及しかしていないので、そこはむしろ、今回小池さんと一緒に掘り下げていけたら嬉しいです。
2000年頃から、少女小説が「少女の読み物」でなくなってくるワケ
小池 少女小説ブーム以降の、少女小説の流れについて軽く振り返りたいです。ブームがあったのが、80年代から90年に入ったところくらい。たしかに90年台後半くらいから、コバルト文庫もティーンズハート文庫も、だんだん存在感がなくなっていったような記憶があります。
嵯峨 そうですね。2000年前後が、少女小説にとってはひとつの転換点になっていると思います。
小池 どういうふうに転換したんでしょうか。
嵯峨 若年向けの読み物が多様化したことによって、既存の少女小説レーベルに、新規読者があまり入ってこなくなりました。つまり、「若い女の子ならコバルト・ティーンズハート」という図式が崩れたんですね。
小池 なるほど、女の子たちが違うものを読むようになった。
嵯峨 90年代末から、電撃文庫をはじめとするライトノベルレーベルが興隆し、男性だけでなく女性の人気も高まったこと。また2000年代半ばにケータイ小説ブームがあったこと。この二つは大きかったですね。
小池 わかります。私は2000年に中学一年生だったんですが、その年に電撃文庫から『キノの旅』(時雨沢恵一)が出たんですよ。で、翌年2001年に『Missing』(甲田学人)。私の周りの女子が読んでいたものを思い出すと、まずそのあたりが浮かびます。
嵯峨 全国的に見てもそうだったんじゃないかと思いますよ。私はこの本を書くために、毎日新聞が主催している「学校読書調査」という調査の資料を全て読んだんですね。小学校四年生から高校三年生まで、学年別男女で人気の書籍を集計するという資料です。これを見ると『キノの旅』は、男女ともにコンスタントにランクインしています。
小池 やっぱりそうなんですか。じゃあやっぱりこの時期に、コバルトやティーンズハートは「女子の定番」ではなくなってくるわけですね。
嵯峨 この時期は「ハリーポッター」シリーズの人気もありましたしね。あと、これは小池さんにぜひお話ししようと思っていたんですけれど、ケータイ小説ブームの時期の資料を見るとすごいですよ。ケータイ小説のランクイン率が。
小池 おお、そうなんですか。
嵯峨 2003〜2005年の間に読書調査で見るのは、『Deep love』(2003)をはじめとするYoshi作品です。2004年にはすでに、ケータイ小説が女子の間で完全に定着していることがうかがえます。ランキング中のYoshi作品が、中学2年女子は4冊、中学3年女子は3冊、高校1・2年女子は5冊、高校3年女子は2冊。
小池 Yoshi一人でランクインしまくりですねえ……。
嵯峨 そして2007年は、中学1・2年、高校1〜3年女子のランキング全てで『恋空』が1位、『赤い糸』が2位。中学3年女子だけこの順位が入れ替わります。
小池 うーむ、なんとなく体感としてはありましたけど、本当に圧倒的人気だったんですね。90年代以降生まれの女性にとっては、コバルト文庫より、ケータイ小説の方が少女小説としての存在感は大きかったのでしょうね。
少女が読む少女小説、20代以上が読む少女小説
小池 しかしややこしいですよね。リアルタイムの「少女」が読んでいるのは、もはやコバルト文庫やホワイトハート文庫など、既存の「少女小説」の系譜ではない。でも、電撃文庫やライト文芸のあたりを「少女小説」と呼ぶのにはやはり違和感があるわけで、「少女小説とは?」という疑問が出てきます。
嵯峨 そうですね。今、コバルト文庫とかホワイトハート文庫、ビーズログ文庫、ルルル文庫、アイリス文庫などいわゆる「少女小説」を一番読んでいるのは、30〜40代以上の女性です。もともとそれらを読んで大人になった人たちですね。20代の読者は若い方でしょう。少女小説って、基本的には読者年齢の高い読み物なんですよ。今の少女小説でよく見る政略結婚ものとか、お仕事を頑張る話というのはやっぱり大人の女性向けの設定ですよね(笑)。
小池 なかなか表立っては言われていないですけど、そうですよね。
嵯峨 コバルト文庫に関していえば、既存のファンを大切にし、彼女たちのニーズに応える方向性でブランディングしてきたレーベルだと言えます。一方で、ある時期からボカロ小説に力を入れたビーンズ文庫のように、意識的に若い読者の開拓を行い、一定の成果を上げているレーベルもあります。
小池 そのレーベルを読んでいた世代が、そのままレーベルファンとして残って、一緒に歳をとっていく。この現象が起きるのはどこも一緒だなあと思います。この間インタビューさせていただいたケータイ小説作家の映画館さんと、「魔法のiらんど」の編集者さんも「ケータイ小説のファンには、30代以上の女性もかなり多い」と仰っていました。
嵯峨 ただケータイ小説は、今でも10代の女の子の割合が多いんですよね。そこが既存の少女小説レーベルとの大きな違いだと思いますし、面白いです。今回、最近のケータイ小説を何冊か読んでみたんですよ。そうしたらやっぱりテイストの違いを感じたというか……。「ああ、これは10代の女の子が共感しやすいだろうな」と感じるところがいくつもありました。
小池 そうですね。ケータイ小説ってほとんどが投稿小説の書籍化ですから、サイトに10代の女の子がアクセスしている限り、彼女たちの民意というか、「私たちに必要なのはこの物語だ」という指向は世界観に反映され続けるのかなと思うんです。サイトランキングも、10代・20代・30代って分かれていますし。
少女小説について語る土壌をつくりたい
小池 お話をしていて改めて思いましたが、少女小説って、「10代の女の子が読むもの」をさすわけじゃないですね。今まさに少女である女性のための物語も、10年・20年前に少女だった人のための物語も、全部「少女小説」なんだなと。そして、これだけ広い世代の読者を抱えている少女小説の世界が、あまり批評の対象にならないというのはやっぱりよくないのではないか、という気がしました。
嵯峨 私が見てきたのは主にアカデミックの世界ですが、こちらも流行り廃りというのは激しくて、時期によってよく研究されるジャンルと、まったくされないジャンルがあるんです。ライトノベルも、ブームだったころはよく研究対象となりましたが、今は率直に言って下火です。今の学生で、「ラノベ研究をしたいです」と言う人はあまりいません。今、ポピュラーカルチャー研究の対象として人気があるのは、何といってもアイドルとアニメーションなので。
小池 うーん、90年代以降ブームになったことのない少女小説は、ますます研究対象からは外れますよね。
嵯峨 そうですね。私がこの本を出した時も、少女小説というジャンル自体が、レーベルを中心に見れば完全に縮小に向かっていたわけで……。でもだからこそ、この本を出す必要があるのではないか、とも思いました。歴史をまとめることで、それについて語れる土壌を作りたい。その作業こそが必要なのではないか、と。
小池 すごく貴重なお仕事だと思います。嵯峨さん以外にはできなかったと思うので。個人的にも、少女小説を読んでいる人、読み続ける人はけっこう多いんだからもっと注目しようよ、ということはもっと世間に知らしめたいですね。私だって、未だに小林深雪さんの追っかけをしてますから(笑)。
■第二回:「20代以上が読む「姫嫁」もの、10代に刺さった『告白予行演習』」に続く
嵯峨景子(さが・けいこ)
1979年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門は社会学、文化研究。現在明治学院大学非常勤講師、国際日本文化研究センター共同研究員。単著に『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016)、共著に『動員のメディアミックス <創作する大衆>の戦時下・戦後』(思文閣出版、2017)など。