20代以上が読む「姫嫁」もの、10代に刺さった『告白予行演習』/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー

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『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社)

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社・2016)の著者で、社会学者の嵯峨景子さんに少女小説の「今」について聞くインタビュー第2弾。前回は、2000年前後を分岐点に、いわゆる少女小説レーベルが「少女の読み物」ではなくなっていった経緯についてお話いただきました。今回は、その変遷の中でどのような読み物が廃れ、逆に新たに支持を集めるようになっていったのかをお聞きします。『流血女神伝』のような波乱万丈の作品が見られなくなった代わりに台頭してきたジャンルとは?

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「波乱万丈」が消えて「一対一の溺愛」が残った少女小説

小池 前回は、少女小説という領域全体に起きた動きについてざっくり振り返りました。次は、集英社のコバルト文庫やKADOKAWAのビーンズ文庫など、いわゆる少女小説レーベルの中の最近の変化や傾向についてうかがいたいです。と、その前に個人的興味からお聞きするんですが、嵯峨さん自身は少女時代どんなものを読まれていたんでしょうか?

嵯峨 10代のころは、ドイツ文学が好きでしたね。ゲーテやヘルマン・ヘッセを読んでは悩んでいるようなタイプだったんです。あとはジュール・ヴェルヌみたいな、理系の要素が入った冒険小説も好きでした。

小池 おお、それは硬派ですね。じゃあ甘々の、女子高生が主人公の恋愛小説なんかは特に……。

嵯峨 積極的に摂取していたわけではないですね。コバルト文庫だと、氷室冴子さんの『銀の海 金の大地』(1992〜)なんかは楽しく読んでいましたけど。ただあれは、乙女チックな恋愛小説とは言えないような……。

小池 ヤマト王権成立直後の日本を題材とした古代史ファンタジーですね。たしかにあれは少女小説というか冒険小説……? ああいうタイプの少女小説って本当に見なくなりましたね。1020巻と続く、波乱万丈の大河モノみたいなスタイル。

嵯峨 須賀しのぶさんの『流血女神伝』がまさにそうでしたね。あれも、ヒロインが後宮にいれられたり、かと思えば奴隷として売られたり、とにかくとんでもなくいろんな目にあうお話でした(笑)。ああいう波乱万丈系の少女小説は、たしかに今は見ません。ビジネスとして成立しづらいんだと思います。今はそもそも長編のシリーズものが出なくて一巻完結の小説が多いですし、基本的に激甘ものというのか、あまり波風立たない、安定した恋愛物語へのニーズが強いようなので。

小池 そこの変化は興味深いなと思うんです。今は「波乱万丈」の需要がないのかな? と。

嵯峨 そうなんですよね。今、少女小説界で大切にされているのが、「一対一で溺愛される」世界観だということは間違いないんですよ。昔は定番だった三角関係というのも、今はもうどちらかというと避けられる設定みたいです。

小池 それは、女性二人が男性一人を取り合うという形だけではなく、逆もですか。

嵯峨 そうですね。ヒーローの片方が悲しい思いをするのに耐えられない、という読者が多いようで。とにかく、安定した関係性が求められている気はします。

小池 なるほど……。ケータイ小説作家の映画館さんが、インタビューで「自分の小説の読者は“安心”を求めているからそれに応えたい」と仰っていたんですね。映画館さんの小説において、ヒロインとヒーローは絶対別れないし、絶対甘々の関係のままなんです。そして、そういう安心を求めている読者は多いはずだと。それを連想せずにいられませんでした。

嵯峨 「溺愛」や「安心」が重視されるというのは、既存の少女小説レーベルとケータイ小説の間に共通した、現代ならではの傾向かもしれないですね。「姫嫁」ものというジャンルが流行っているのも、それと関係があると思います。

小池 「姫嫁」、という言葉は最近の少女小説を読んでいない人には馴染みがないかもしれないですね……。嵯峨さんの『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』によれば、「主人公の属性が『姫』や『嫁』である物語を指す」とあります。

嵯峨 お姫様がヒロイン、というのは少女小説の定番のひとつなんですけれど、ここに「嫁」が加わったのが新しいポイントですね。政略結婚などを経て「嫁になる」ところから始まり、夫婦生活を軸に物語が進む、というスタイルの小説が近年非常に増えてきました。

小池 これは、いつぐらいから流行り出したジャンルなんでしょうか?

嵯峨 2006年〜2008年、少女小説レーベルの再編成以降ですね。ビーズログで『死神姫の再婚』という人気シリーズが出たのが2007年のことなんです。コバルトの方でも、2008年くらいから目立ってきました。もちろんその前も、氷室冴子さんの『ジャパネスク』シリーズや毛利志生子さんの『風の王国』シリーズのように、「嫁ぐ」展開が含まれるシリーズというのはあったんですけれど。単巻もので姫嫁、というのは2008年前後からのブームと言って差し支えないかと思います。

小池 これはやっぱり、読者の年齢層が上がってきたことに伴う変化なんですかね……。

嵯峨 そうだと思います。2000年くらいまでは、恋愛一色というよりは思春期の悩みが主題になっていたり、男の子が主人公だったりする小説もたくさんあったんです。それが2000年くらいを境に学園小説が減少し、恋愛色が強まり、ヒロインが仕事をしているとかいった設定の小説が如実に増えてきました。これはやっぱり、そういう要素に共感する年齢の方が多く読んでいるからでしょうね。

小池 なるほど。「嫁き遅れ」とみなされているヒロインが突如王子様と政略結婚させられて! みたいな設定を見ると、毎回「ああ、私くらいの世代を狙った本なんだな」って思います(笑)。そういう本がたくさん出ているということは、需要があるってことですもんね。

『告白予行演習』シリーズの成功と、少女小説レーベルの課題

小池 「姫嫁」ものに関して言えば、20代以上の女性のニーズには応えている反面、中高生の女の子に対しての訴求力はあまりなさそうに感じます。若年層を狙った少女小説で、近年の成功例というと何が浮かびますか?

嵯峨 それはやっぱり、KADOKAWAのビーンズ文庫でしょうね。10代の読者を戦略的に取り込みにいったレーベルの筆頭です。

小池 前回も少し出た話ですね。詳しく聞かせてください。

嵯峨 ビーンズ文庫は2013年に方針を代えて、若年層へのアプローチに力を入れ始めました。具体的には、VOCALOIDを題材とした小説や、「小説家になろう」作品の書籍化を手がけるようになったんですね。まず、このボカロ小説がすごく当たりました。特に、「Honey Works」(※1)が原案を務める『告白予行練習』シリーズは大成功だったと思います。2016年度の学校読書調査を見ると、中学生のランキングには『告白』シリーズが多数ランクインしていますから。

小池 リアルな中高生にちゃんと刺さったということですね。

嵯峨 2010年の『悪ノ娘 黄のクロアテュール』(PHP研究所)や2012年の『カゲロウデイズ』(KCG文庫)がヒットしていたように、ボカロ小説ブームはそれ以前からありました。ビーンズ文庫のボカロ小説への参入は遅く、立場的には後発レーベルです。しかし後発ながら「青春エンタメ」としてのポイントを押さえ、かつ「Honey Works」という、若年層のファンが多いクリエイターユニットをきちんと引っ張ってきたのがうまかったなと。

小池 これは少女小説に限らないですけど、いま若年層の心を掴みたかったら、無料の動画、ゲームといった他のカルチャーの人気コンテンツを引っ張ってくる戦略がかなり重要ですよね……。ネット小説ならともかく、ストレートな書籍の小説ってもう、若年層がお手軽に楽しむコンテンツとはいえないでしょうから。

嵯峨 なので、やっぱりほとんどの少女小説レーベルは縮小方向にあるんです。KADOKAWAは今言ったような青春エンタメ方面に力を入れたり、ビーズログ文庫もゲームのノベライズをはじめ10代読者を意識したビーズログ文庫アリスといった派生レーベルを作るなど若年層向けの模索を続けていますが。

小池 少女小説単体ではムーブメントを起こしづらい、というのは難しい点ですね。「Honey Works」みたいな、爆発的な人気を持つユニットや個人の出現を、ただ待っているだけというわけにはいきませんし。

嵯峨 そうですね。新規読者の獲得については、本当にどこも苦戦していると思います。

一般文芸や児童書などへと活動の場を移した少女小説作家たち

小池 既存の少女小説レーベルは、どこも縮小傾向にあると……。ただこれは、少女が小説を読んでいない、ということとイコールではないんですよね。たとえばライト文芸、児童小説、ネット小説など、「少女が読んでいる小説」自体はあちこちにある。

嵯峨 はい。集英社の場合は、ビーンズ文庫と違って「既存の読者とそのまま寄り添い続ける」という道を選びましたけど、2015年にライト文芸レーベルであるオレンジ文庫を立ち上げて、新たなパッケージングでも頑張っています。

小池 廃刊になってしまった講談社のティーンズハート文庫の場合、同社の児童向けレーベルである青い鳥文庫が人気作家さんたちの受け皿になりましたよね。倉橋燿子さんとか小林美雪さんとか。

嵯峨 小林深雪さんはティーンズハート時代、多作で有名な看板作家でしたね。彼女が今青い鳥文庫で展開している『泣いちゃいそうだよ』シリーズは、累計140万部を突破しているそうで、読書調査でもよく名前を見かけます。

小池 コバルト文庫黄金期の主力だった藤本ひとみさんも、青い鳥文庫やつばさ文庫の方でブイブイ言わせていますしね……。別名義で書いているものもあるし、原案者という立て付けになっているシリーズもありますけど、私は全部本人が書いているに違いないと思っています。だって著者名が藤本ネーミングすぎる!

嵯峨 (笑)。

小池 『KZ』シリーズがまさか20年ぶりに再開するとは思わなかったし、「漫画家マリナ」シリーズの亜種みたいな小説が、やはり20年ぶりに出現するとは思っていませんでした。まあつばさの方は今また止まっちゃってるんですけど……。ともあれ、黄金期の少女小説の蓄えたパワーみたいなものって、実は今けっこう別のジャンルに移動しているんじゃないか、とも思うんです。

嵯峨 ああ、それは言えるでしょうね。たとえば小林さんが最近出された『作家になりたい!』は、小説形式で「小説の書き方」を伝える内容になっていますけど、恋愛小説としてもキャラが立っているし、実用書としても丁寧だしで、啓蒙力のあるいい小説だなと思いました。こういう動向のことは、私も注目しているところです。

小池 富士見L文庫で人気の、『おいしいベランダ』シリーズの竹岡葉月さんもコバルト出身ですよね。あと、須賀しのぶさんもオレンジ文庫で青春小説を書かれているし、『また、桜の国で』が高校生直木賞(※2)に選ばれたりもしていました。少女小説に出自を持つ作家さんのノウハウは、今後もあちこちで発揮されそうだなと思います。

※1ニコニコ動画、Youtubeなど動画投稿サイトで活動するクリエイターユニット。ボーカロイドを使ったオリジナル楽曲で人気を博し、2014年にメジャーデビュー。同名の楽曲を小説化した『告白予行練習』が角川ビーンズ文庫より出版されている。

※2直木賞の候補作のなかから、全国の参加校の高校生たちが最終候補作を選び、最終的に受賞作を決定するイベント。2014年より開催されている。

■第三回:「少女小説とケータイ小説の違い、10代の虚無感を映すケータイ小説文庫」に続く

嵯峨景子(さが・けいこ)
1979年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門は社会学、文化研究。現在明治学院大学非常勤講師、国際日本文化研究センター共同研究員。単著に『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016)、共著に『動員のメディアミックス <創作する大衆>の戦時下・戦後』(思文閣出版、2017)など。

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