「女子ども向け」カルチャーは、なぜ大人たちをいらだたせるのか。/『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』著者・嵯峨景子インタビュー

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『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社)

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社・2016)の著者で、社会学者の嵯峨景子さんに少女小説の「今」について聞くインタビュー第4弾。そもそもなぜ少女小説は批評や研究の対象になりにくいのでしょうか。その答えを考えるには、もっともっと古い時代までさかのぼる必要がありそうです。昭和初期、批評家の小林秀雄が、女性向け文芸作品の執筆で有名な吉屋信子の著作を酷評したのはなぜだったのか。近現代日本文化に詳しい嵯峨さんの意見を伺いました。

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少女小説は、批評の俎上に乗りにくい?

小池 前回は、「少女小説としてのケータイ小説」についてのお話をさせていただきました。今回は、そこを引き継ぎつつ、もうちょっと大きな話をできればと思っています。というのも私、『恋空』ブームのときのケータイ小説批判で、小林秀雄(※1)による吉屋信子(※2)批判を思い出したんです。戦前の女性向け小説が批評家勢にもたらした困惑と、ケータイ小説のそれはどこか通じるものあるんじゃないかと感じました。

ケータイ小説に限らず、少女小説全般が、批評や研究の対象としては扱いづらい状況があるのかな、と思っています。近代少女小説の研究をされてきた嵯峨さんにぜひ、そのあたりのご意見を伺えればと。

嵯峨 なるほど。では、小林秀雄のくだりをご存じない方がいると思いますので、そこから振り返りましょうか。吉屋信子が『婦人倶楽部』という雑誌に連載していた小説で『女の友情』(昭和9年)という人気作がありました。これを小林秀雄は、冒頭を少し読んだのみで酷評するんですね。どうにも腹が立ってきて読みきれなかった、子どもの弱点をつかまえてひっかけているだけだ、とかなり手厳しい言葉をぶつけています。

小池 当時の『文学界』に掲載した批評ですね。

嵯峨 作家の田辺聖子は、『ゆめはるか吉屋信子』という本の中で、小林の言っていることとそれに対する女性研究者たちの反論を分析したうえで、さらに自分の論も述べています。ずばり、小林の批評は「志の低い悪文」であると。小林が何をしたかって、まず読まずに批判し、作品だけでなく作者の吉屋信子を批判し、さらにその読者を「子供」呼ばわりする、というふうに、作品周りの全方向を批判したわけですね。

小池 小林秀雄という当代一の批評家にけなされても、かまわず書き続けた吉屋信子先輩、タフ……。

嵯峨 これは単純にジェンダーだけで分けていい話ではありませんし、男性だから少女小説を理解しないとか、女性なら女性向けコンテンツを正しく批評できるということもないのですが、特に戦前、「女子ども」向けの作品群が、大人の男性向けのそれに対して圧倒的に下に見られていたのはたしかだと思います。

小池 それが払拭されたとは思いづらいですね……。

嵯峨 そもそも文学や批評の世界が、権威ある男性を中心に作られてきた面はあると思います。そしてそこでは、「女性向けコンテンツ」は俎上にあがりにくいんですよね。比較的著名なカルチャー批評の本で、少女向けコンテンツへの言及がしっかりとあるのは、大塚英志さんのお仕事をはじめ、数が限られていると思います。それより後に出た批評で少女小説への言及があるときは、大塚さんの書かれた『キャラクター小説論』の引用、という形が多いですね。

小池 なるほど……。私は学生時代にカルチャー批評の本はよく読んでいましたが、たしかに男性批評家の著書で、少女の読み物への言及を見ることはあまりなかった気がします。宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』で、ケータイ小説の章があったくらいでしょうか。

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