幼少期に性被害に遭ったことで「かわいい女の子」期間を経ることなく「女」になった私が、今も囚われていること

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 誰もが「真面目」「不良」などさまざまな枠に当てはめられていますが、女性は特にその枠が多くがんじがらめになりやすいのです。一度だと見られてしまえばその後はいろいろなものに縛られます。枠を外したいと願ってもどうしても叶わなくなります。そして理不尽な枠の中でがんじがらめになって無防備になることがむずかしくなるのです。

 私はそういうものから自由になれる時間や、自分自身が安心できる場所を、ごく身近なところだけでなく少しずつ広げていきたいと思っています。ほしいのは安全圏。信頼関係があり安全で無防備でいられる場所です。安心して話したい人と楽しく話し、自分が好きなように着飾っても、理不尽に責任を求められたり傷つくことがない。

 そんな安心できる空間をつくるためにはまず、自分自身が性の枠に振り回されないようにしなければいけないでしょう。自分のこじれをひとつひとつ見つめ直して、こじれている自分ごと受け入れ、ゆるめていくことが必要だと思います。これは単に自分が変わればできるというる話ではありません。安心して女の子でいられなくなってしまう状態は社会問題なのです。女の子であってもそうでなくても、怖がらずに力を抜いて生きていける社会であることが必要だと強く感じています。

 みなさんも自分の中に、自分で自分を苦しめているとわかっている枠やコンプレックスがあるでしょう。囚われている自分を見つめ直し受け入れることで、自分だけでなく他人も自分と同じように、もしくはそれ以上に苦しんでいるのかもしれないときっと気づけるでしょう。そのようにして、人に枠を押し付けていないか考え直すことが大事だと思います。

 私はまず、私の中の女の子を無視せずに対話して付き合っていきたい、そう思うのです。

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