
「辞任。私を再度マーチさせないで」
2018年1月20日。ドナルド・トランプのアメリカ合衆国第45代大統領就任式から1年が経った。この日、アメリカが自由の国、移民の国であることを象徴する「自由の女神」像が閉鎖された。
議会では数日前から民主党、共和党が連邦予算をめぐって激しい対立を続けていた。トランプはDACA(子供の時期に自分の意思ではなく不法入国し、アメリカで育った若者たちを保護する法律)の撤廃を目指しているが、民主党はDACAを存続しない限り、予算案に合意しないと突っぱねた。そのまま20日0時の予算締結デッドラインを過ぎてしまい、米国連邦政府は閉鎖された。
アメリカでは予算不成立となると、政府機関である省庁などの運営が停止される。100%停止すると人命や国の存続にかかわる一部の部署は職員数を減らして稼働させるが、たとえば今は納税期だが国税庁への確定申告はできなくなるし、米軍も稼働はするが、兵士への給与の支払いがストップする。
連邦が管理する自然公園や記念モニュメントも閉鎖されるため、ニューヨークにある自由の女神も一般市民や観光客の観覧ができなくなったのだった(*)。
自由の女神の台座には詩が刻まれている。
疲れ果て、貧しく、自由を渇望して身を寄せ合う人々を、私に送りなさい。
海岸に群がる、拒まれた哀れな人々よ。動乱の渦中に投げ込まれ、家も持たない人々を私に送りなさい。
私は黄金の扉の脇でともしびを掲げて、待っているのです!
エマ・ラザラス 1883年
アメリカが世界中からの移民を、それも祖国で苦境に喘ぐ人々をこそ迎え入れる国であると表明した詩だ。この詩がトランプの大統領就任1周年の日に閉ざされたのは、トランプとトランプ政権の実態を奇しくも表している(**)。
*1/22にニューヨーク州が独自裁定で一般公開を再開した
**前回2013年の政府閉鎖は16日間続いたが、今回は3日で暫定予算案が通過し、1月23日に通常運営に戻った
ウィメンズ・マーチ
昨年の大統領就任式の翌日に全米はおろか、世界各地で行われたウィメンズ・マーチが、今年も1月20日に開催された。
今冬のニューヨークは2週間にわたって氷点下を脱せず、日中の最高気温がマイナス10℃まで下がる、とても厳しい寒波に見舞われた。まるでトランプ政権下の市民の心情の反映ではないかと思わせる天候だった。しかしマーチ当日の気温は一気に11℃まで上がり、直射日光は暑く感じるほどの好天に恵まれ、ニューヨークでのマーチには20万人もが参加した。各地で行われたウィメンズ・マーチの中でも飛び抜けた数だ。
参加者は昨年同様にピンクのプッシーキャット・ハット(猫耳帽)をかぶり、トランプの女性差別、移民差別、人種差別、宗教差別、LGBT差別などを訴える手作りのプラカードを掲げた。「ファック」「ディック(男性器、ののしり言葉)」といった言葉も使われ、トランプの醜い似顔絵も多用されたが、それでもマーチ全体のムードはきわめておだやかでフレンドリーだった。
参加者が多すぎて歩道にまであふれた結果、車道の車が立ち往生してしまった。郵便局や宅配便のトラックが車道に放置されている。運転も配達もあきらめた運転手たちはとっくに車を降りてどこかへ行ってしまっている。その周囲を何千人、何万人もの人々がニコニコと笑いさざめきながら歩き過ぎる。
一時、人が多すぎて行進が止まってしまった。私も友人とともに同じ場所に1時間以上も立ち尽くした。けれど天気が良いこともあり、参加者は誰も苛立たない。おしゃべりしたり、持参のおやつを食べたりして楽しんでいる。時々、列のはるか後方から「声のウェーブ」がやってくる。「ウァ〜!」という声が押し寄せてくる。自分の範疇にまで届くと自分も声を上げて、さらに前方に声が届けられるのを聞き届ける。
ウィメンズ・マーチとはいえ、参加者にはピンクの帽子やシャツを身につけた男性や家族連れも多い。アンチ・トランプのデモのチャント(掛け声)には定番もあり、「This is what Democracy looks like!」(これが民主主義っていうもの!)は小学生の女の子たちも繰り返している。私のすぐ後ろにいた女性たちはトランプを指して「セクシスト!レイシスト!アンタイ・ゲイ!」(*)を繰り返していた。ゴロがよくて言いやすいのだが、聞いているうちに「トランプってほんとに酷い人間だな」と再認識させられ、逆にクスリと笑ってしまった。ベビーカーに赤ちゃんを乗せて参加していたお父さんは、赤ちゃんがぐずり出すと諦めて隊列から離脱。その際、「この子、トランプにとても腹を立てて泣いてるんです」とジョークを飛ばして周囲の参加者を笑わせた。
*anti =アンタイと発音。アンチはカタカナ発音