ドラマ『女子的生活』が描く「性別」というファンタジー 男女のあわいを巧みに体現する志尊淳

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「男子的生活」と「女子的生活」で異なるニーソの消費

 「男性という生き方の批評」という点をさらりと描いてみせている点でも、2は秀逸だ。

 まず前半では後藤に対して、「背中丸めてゲームして、ミスってゲームオーバーして、ビール溢れるって、盛りすぎ」「その『ザ・落ち込んでます感』? どうにかして」とみきは指摘し、何か言い出したいけど出せないぐあいを「男あるある」として痛快に炙り出す。それから、後藤と高山田の高校時代のやりとりを振り返って、みきは、男子同士の単純な笑いのやりとりや、気軽に肌がふれたり距離が近くなる様子を「性的だった」と分析する。この「かまってほしい」という高山田の自意識を「俺のこと好きなんじゃないか」と理解する後藤の視点も、みきの分析と通じる。

 みきに指南を受けたあと、ミニーさんとしてSNSに女装姿を投稿する高山田に「化け物!」とコメントがついている点にも「男子的生活」のコミュニケーションの在り方が見て取れる。

 2話冒頭でともちゃんは、男ウケのためだけに履いていた自身のニーハイソックスを「世界で一番無意味なニーソ」とぼやいていた。同じようにニーソをミニーさんが履くと、かまってもらうための機能としては同じ「男ウケ」でも、男性同士のコミュニケーションに内向きとして機能する。ホモソーシャルな場でのいじりという関わり方でしか作用しない様子を、みきは「世界で最も無意味なニーソ」と評した。ここではニーソ(=女性装)の消費のされ方だけでなく、洋服など着飾ることについての男子的生活と女子的生活での意味が異なることがわかる。

 男同士の関係において、体型や髪型や服装をいじって、貶めるということは、まま見られるだろう。こうした振る舞いは、2話前半で高山田がみきに再会したときに、不躾に下半身事情をたずねたり「化け物だな」と罵ったりするところにも出ていたのだが、実際に多くのトランス女性たちは「元男性」というくくりで「男子的生活」なコミュニケーションに取り込まれて、ぶつけられることはよくある。第2話から登場するみきを取材しようとするテレビディレクター・小山(夙川アトム)や、第3話に登場するテキスタイルデザイナーの柳原美穂(前田亜季)のように、「男ですよね?」とわざわざ問うたり、「世間の偏見に負けずにがんばって生きている人」といったステレオタイプにはめてくるような人もたくさんいる。

わかりやすい「女性像」を体現しないみきの魅力と孤独

 以前わたしは、wezzymessy)の記事で、荻上直子監督の映画『彼らが本気で編むときは、』を批判的に検証した。トランスジェンダー女性が抱く性別違和や、性別を移行することの悩みは劇的に描きやすそうだけど、この映画は『女子的生活』同様にその先を描こうとするという志においては評価したい。しかし、上記の記事で引用した監督インタビューどおり受け取るなら、主演の生田斗真の身体つきや顔つきをふまえずに、制作チームの好きな「かわいさ」や「女性とはこういうもの」といった価値観を服装や振る舞いに落とし込んでむりやりはめ込まれているから、筋肉質な生田の身体と「性別適合手術(SRS)を受けたトランス女性」という設定にズレが生じていた。一方『女子的生活』では、志尊淳の身体や顔つきに対して服装やメイクは浮いておらず、かつ、「SRSを受けていないトランス女性」の微妙な「女装感」が出ていて、リアルで味わい深い。

 みきは、わかりやすい「女性像」を体現しないし、恋愛面でも、「男(女)は女(男)を好きになるのが当たり前」とされるヘテロセクシュアル(異性愛)主義に染まらず、女性への性別移行をしながら性的指向(セクシュアリティ)は女性に向かうレズビアンという自意識も持つ。多くの人々が周りに合わせて同調するし、みきは会社勤めで社会性を持っているけれど、どこかでヘテロセクシュアル/シスジェンダー主義的な社会が押し付けようとするファンタジー性を共有しきれず、浸れていない。そういうみきの孤独にかすかにふれる点でも画期的だ。

 トランス女性は、みきのように美しく、就労形態を取れる人ばかりではない。本作でのみきの生き方はある意味では、既成の女性像に同化できる容姿に恵まれた人にしか選択できないかもしれない。それでも、みきが「アパレル会社でPRと営業も兼ねる仕事に就く女性」を擬態しているという設定の本作はトランス女性にとってもロールモデルになりうるかもしれないし、シスジェンダーの人たちにとっても「自分たちと同じような存在」として受け取る可能性を秘めていると言える。その要はやはり、たいへん丁寧な役作りでみきを造形した志尊淳だ。実際の社会で生活し、生きているとしか見えない志尊の演技ひとつを取っても、わたしは彼女の生活をずっと見ていたいとおもった。魅力的な人物がそこに存在しているというだけでも、このドラマは成功している。

 最終回をきっかけに、ぜひ多くの人に見てもらいたいすばらしい作品だ。

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