スレンダーな体にフィットしたタイトなドレス姿のゴージャスさも然ることながら、その衣装をさらに美しくみせる姿勢の良さと、低くて貫禄ある声のトーンが、すべてを手玉に取る黒蜥蜴の余裕そのもの。黒蜥蜴に恋焦がれるあまり、彼女の明智への気持ちを察知して裏切る舎弟・雨宮潤一への辛辣な扱いも、美しいものを収集するという目的を遂行する強さ以外の何ものでもありませんでした。
そして外見だけでない官能が溢れていたのが、緑川夫人として明智と出会い、彼にたばこへ火をつけさせる場面。2人の顔が近寄った一瞬の色っぽさには、思わず目が釘付けでした。
早苗の誘拐に成功し、岩瀬から貴重なダイヤモンドもせしめた黒蜥蜴は、宝石や生き人形など彼女のコレクションが並ぶ私設美術館へ向かう船内で、明智が侵入していることを知ります。明智が潜んでいるソファへ向かって愛を告白し、ソファごと海に投げ入れ彼を葬る場面は、劇中屈指の名場面です。
中に明智が入ったソファの座面へ寝転がり、彼の心音を聞きながら「私の中であなたが動いているみたい」、ソファ中へ夢中で唇を押し当て「私の唇が、口から出るのは冷たい言葉ばかりでも、こんなに熱いのがあなたにはわかって?」との恍惚とした表情は、明智と絡んでいなくてもセックスそのものにしかみえないセクシーさ。背もたれにまたがるとドレスが太ももまでめくれて乱れ「初めて恋をしたんだわ。この黒蜥蜴は」という、その“セックス”がどれだけ情熱的なものなのかを感じさせました。
作品を選びぬく姿勢
今作の演出ではすりガラスのような素材でできたセットが多用されており、この場面ではソファの後ろにその装置が設置されていました。井上がすりガラス越しに、唇を押し当てている姿がうっすらと見え、黒蜥蜴と明智にとって、互いの体に直接ふれることはなくても、これがまごうことなき愛の交歓なのだと実感。そして、2人の愛と官能の強さを受け取るほどに「そんな黒蜥蜴を私は許せない」「あなたがこれ以上生きていると、私が私でいられないのが怖い。好きだから殺すの」という、本来なら矛盾する状況とセリフに納得できてしまうのは、中谷の存在感、としか言いようがないのかもしれません。
誘拐したはずの早苗は実は明智が用意した偽物で、明智自身も生きていたと知った黒蜥蜴は、服毒し命を絶ちます。「心の世界ではあなたが泥棒で、私が探偵」との有名なセリフはこの場面、明智の腕の中での言葉。ルヴォーはもともと三島の愛好家で、三島作品を熟知しています。名作だからこそよく知られているセリフの数々を、大仰に演出せずさらっと流していくのは、日本語が母語でない外国人ならではの発想かもしれませんが、原作の耽美な空気感により深く浸ることができる効果があったように思います。
美貌と実力の両方を兼ね備えた中谷が、もっと舞台へ出演してくれたらいいのにと、いちファンとしてはつい願ってしまうものです。でも、選び抜いた珠玉の作品を堪能できるなら、またしばらく待たされてもいいかな。黒蜥蜴ほどではなくても、本物の美しいものを手に入れるための準備期間はきっと必要なものでしょうからね。
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