痴漢問題を解決するために「満員電車解消は有効」という仮説のもと、深刻な混雑状況の解消策を専門家に聞いた

【この記事のキーワード】

男女別の専用車両導入について

卜沢:痴漢の対策ではよく男女別の専用車両を作るべきだという意見がありますが、鉄道に関わっている立場としてどう思われますか?

阿部:男女別専用車両の導入で満員電車がなくなるわけではありません。交通機関が単位時間に運びうる人数である「輸送力」は、男女別専用車両を作っても増えません。女性専用車両はほかの車両よりも混雑率が若干低いので、それ以外の車両の混雑度を高めます。10両のうちの1両を女性専用車両にしたところで女性全員を収容できるわけでもないし、女性からしても、降りる駅の階段の位置などを考えたらそれに乗ることがメリットになるとは限りません。駅のホームを200メートル以上歩くなら、我慢して満員の車両に乗るという女性が多いでしょう。

卜沢:女性専用車両が導入されたのは、鉄道会社内部から出てきた案だったのですか?

阿部:2000年頃、電車内における痴漢が社会問題として大きく取り上げられるようになり、警視庁・東京都・国土交通省が鉄道各社へ女性専用車両の導入を要請して広まりました。もともと女性専用車両は大正時代から東京の中央線にあったんですよ。いくつかの線で導入と廃止が続き、戦後改めて1947年から1973年には中央線に「婦人子供専用車」がありました

卜沢:大正時代からあったとは驚きです。そのころの中央線はそんなに混雑状況が深刻だったのですか?

阿部:満員電車は決して今日的なものではないんです。大正時代にはすでに社会問題になっていましたから100年続いています。昭和20年には山手線でラッシュ時の混雑率400%という記録も残っています。

卜沢:そんなに混んでいたんですか!?

阿部:鉄道の混雑は、これでも時代が進むにつれて大幅に緩和されてきました。一番ひどかったのが、終戦直後の混乱期を除くと昭和40年頃。先ほどの400%というのは、正確なデータを計測しようがなくて数字を大雑把にはじき出した時代の話ですが、昭和30年頃からは人員を割いて年に1回は主要路線の混雑率を高い精度で調査するようになりました。昭和40年当時はまさに高度経済成長期で、多数の路線で280%、300%という数字が出ていました。当時を知っている人からすると、今の満員電車なんかちょろいものという感想を抱くでしょう。

佐々:最初に現在のような女性専用車両を試験的に導入したのは、2000年の京王線です。アンケートの結果、肯定する意見が多かったので通勤通学の時間帯に本格導入となりました。痴漢問題で言うと関西の方が発生率が高く、女性専用車両が終日にわたって設けられています。大阪の環状線では、コストをかけずに女性専用車両の識別性を高めるために照明を電球色にしています、男性が間違えて乗ってしまった場合も気づきやすくする有益な工夫だと思いますし、他路線へ転属となり号車を変える場合も、簡単に対応できます。

卜沢:関西でも痴漢は問題視されていて、「痴漢抑止バッジ」の取り組みをやっていたりしますね。

佐々:「痴漢はあかん」というポスターもありますね。

卜沢:専用車両を設けるのは、鉄道会社からしたら何かデメリットがあるんでしょうか?

阿部:特にはありませんね。満員電車そのものは解消できずとも、痴漢対策には取り組んでいますとのアピールになります。

※ご指摘をいただきましたので、記事の一部を読者と関係各位にお詫びいたします。

「輸送力」を増強するためには?

卜沢:阿部さんは以前、JRにお勤めだったということで、鉄道内部から見たお話をうかがいたいです。痴漢の話を鉄道の観点から考える機会が少ないと感じていて、もう少し鉄道側からの情報や意見がほしいと思っています。いまはこうして満員電車についてうかがっていますが、本来、痴漢事案はいろいろな問題が絡んでいますよね。一方で冤罪については司法制度と捜査体制の問題です。容疑者の人権が保障されていないという現状をなんとかしないといけない、という話です。こうしたいろいろな観点が「痴漢問題」にはごちゃ混ぜになりすぎているので、私には、違う観点から見ている人同士で殴り合いになり、話が噛み合っていないことが多いように見えます。

阿部:痴漢の問題を鉄道サイドから考えるなら、本来は輸送力を増強して満員電車を解消すべきです。しかし現状は、それが不十分です。

卜沢:輸送力増強というのは単純に本数を増やすとか、そういうことでしょうか。それを「安く」「早く」実現するためのアイデアってあるんでしょうか?

阿部:小池都知事が「満員電車ゼロ」を公約のひとつとして当選し、期待が高まりました。具体的な方策として2階建て車両ばかりがメディアで取り上げられ、これに対しては「無理」「できない」との意見が大勢です。でも私からすると、10年前に『満員電車がなくなる日』を書いた時以来、2階建て車両は満員電車解消の2番目の案です。

卜沢:では1番目の案とは?

阿部:信号システムの機能向上その他により、今の線路のまま運行本数を増やすことです。混雑と遅延を解消するための5方策として、①進路開通と同時の出発、②ドア閉めと同時の出発、③選択停車ダイヤ、④車両の加減速度向上、⑤信号の機能向上を提案しています。

参考記事:
都知事公約「満員電車ゼロ」は、こう実現する 小池新知事のブレーンが5つの方策を提示

卜沢:たとえばドア閉めと同時の発車など、事故の心配はないのですか? また、この5つの方策を実施すると、どれくらい輸送力を増強できるのですか?

阿部:もちろん追突事故とかを絶対起こさない前提で、5方策全てを実行することで、今の線路のまま、路線に応じて1.5から3倍ぐらいに輸送力を増強できます。それにより混雑は劇的に緩和され、満員電車をなくせます。もちろん、痴漢も限りなくゼロに近付けられます。

卜沢:満員電車って、もうどうにもならないだろうと思っていたんですが、解消する方法はあるんですね! 実現していないのは何かネックがあるんでしょうか?

阿部:鉄道会社が腰を上げさえすればできます。もちろん気合と根性でなんとかなる話ではなく、コストは必要です。鉄道は慈善事業ではありませんから、採算を度外視して社会的使命を果たすべきなどというつもりはありません。かけるコストを上回る売上げが見込めるなら、会社としては費用を投じる価値があるという話です。

満員電車は、ビジネスチャンスである。

卜沢:そんな売上を見込めるんでしょうか?

阿部:見込めます。私は、満員電車というのは、鉄道会社からみてビジネスチャンスだと思っています。どんな商品であれサービスであれ、そこに2つの条件がそろえばビジネスチャンスが生まれます。1つ目は、「消費者やユーザーが不平不満を持っていて、それを解消してくれたらお金払うよ」という意思を持っていること。

卜沢:今回のお話でいえば、「利用者は満員電車ですごく困っていて、それを解消してくれるなら今よりお金を払ってもいいですよ」ということですね?

阿部:そうです。そして2つ目は、「商品やサービスを提供する側に、それに応える術(すべ)がある」ことです。それを実行することが物理的に無理だったり、コストがあまりにかかって利用者が払ってくれるお金では賄えないようなことだったりしたら、誰もやりません。満員電車に関しては、いまお話した5方策を実行するのに必要な資金は、利用者が少し余計に負担するだけで賄えます。

卜沢:本当ですか?

阿部:先ほど卜沢さんもおっしゃっていたとおり、ユーザー側はなぜか「鉄道会社は、満員電車対策においてすでに精いっぱい努力をしていて、これ以上本数を増やすのは根本的に無理だ」と思っていますよね。そんなことは全然ないんです。できることは山のようにあります。それをやってなお解消できなければ、さらに2階建て車両にすればいいのです。

卜沢:本数を増やした上に2階建て車両までやれば、満員電車は完全になくせるんでしょうか?

阿部:5方策によって本数を倍にして、電車を2階建てにしたら輸送力は4倍になります。「満員電車なんて、いつの時代の話?」と昔話になります。

*     *     *

 痴漢の温床になっている満員電車。阿部さんのお話を聞いていて、「満員電車は嫌だけど、変えようがないもの」という思い込みが自分の中にあったことに気づかされました。それを解消できるのであれば、誰もが幸せになる痴漢対策になります。

 しかし、満員電車を解消する施策を行うため、引いては痴漢対策のために鉄道会社以外ができることはなんでしょうか。後編は列車内の防犯カメラについてなどをうかがいます。

▼後編
電車内の防犯カメラ設置は痴漢抑止、証拠、テロ対策にもなる? 可能性を専門家に聞く

1 2

「痴漢問題を解決するために「満員電車解消は有効」という仮説のもと、深刻な混雑状況の解消策を専門家に聞いた」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。