第60回グラミー賞は社会的メッセージの場となった〜女性・マイノリティ・移民・銃・トランプ

文=堂本かおる
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人種問題

 今年のグラミー賞は黒人アーティストのパフォーマンスで幕を開けた。オープニングは社会的なメッセージを込めた曲で知られるラッパーのケンドリック・ラマー。巨大な星条旗を背景に大量の兵士姿の黒人ダンサーたちが踊った。黒人の大物コメディアン、デイヴ・シャペルの「CBSでこんなのやっていいのか?」の合いの手をはさみ、黒人が着ると「あやしい人物」として銃撃の対象にすらなるパーカーのフーディーをかぶったダンサーたちが、次々と撃たれて倒れるパフォーマンスとなった。続いて昨年亡くなったふたりの伝説的ロックンローラー、チャック・ベリーとファッツ・ドミノの追悼パフォーマンス。ここまで黒人アーティストが目白押しだった。黒人差別発言を続けるトランプと、それによって勢いをつけた白人至上主義へのアンチといえる構成だった。

 ちなみにアメリカのコメディアンは人種を問わず、社会ネタをはさまずに成功を収めることは稀だ。また、「ロックンロール」は白人の音楽と誤解されることが多いが、黒人が生み出したジャンルである。

銃の乱射問題

 ステージに4人のカントリー・シンガー、エリック・チャーチ、メイラン・モリス、ブラザーズ・オズボーンが並び、エリック・クラプトンの名曲「ティアーズ・イン・ヘヴン」をギターの弾き語りで歌った。「天国で出会ったなら、君は僕の名前を言えるだろうか?」で始まる切なく、美しく、そしてこの上もなく悲しい曲だ。

 4人は昨年10月に乱射事件が起きたラス・ヴェガスでのカントリー・ミュージック・コンサートに出演していたミュージシャンだ。会場の対面に建つ高層ホテル上階からのマシンガン乱射によって58人もが亡くなり、851人が負傷。米国乱射事件史上最悪となった事件だ。

 ステージには犠牲者たちの名が書かれたパネルがぎっしりと並べられていた。4人は乱射事件を生き延びた。しかし彼らのファンは死に、または今も後遺症に苦しんでいる。この事実を4人はミュージシャンとして、一生背負っていかなければならないのだ。

 だが、ステージに立つ4人から「銃規制」の言葉は聞かれなかった。犯人は47丁もの銃と、ライフルをマシンガン仕様に変える部品をすべて合法的に購入していた。この銃法を変えずに乱射事件を防げるはずはない。アメリカの銃文化、銃企業と政治のつながりは根深い問題として残されたままだ。

移民問題

 弱冠20歳の人気シンガー、カミラ・カベロは #TimesUp の白いドレスでスピーチをおこなった。

「この国はアメリカン・ドリームを追うドリーマーのために、ドリーマーによって作られました」

「私の両親はポケットに希望だけを詰めて、私をこの国に連れてきました。懸命に2倍働き、決して諦めないことを教えてくれました」

「私は誇りあるキューバ系メキシコ移民です。私はキューバの東ハバナで生まれ、今、ニューヨークでグラミー賞のステージに立ち、あなたの目の前にいるのです」

「ドリーマーたちのことを忘れることはできません。彼らのために戦うことは、十分に値するのです」

 子供の頃に親に連れられ、違法移民としてアメリカにやってきた若者たちをドリーマーと呼ぶ。80万人のドリーマーたちを母国への強制送還から救うためにオバマ大統領が作った法律DACAを、トランプは撤廃した。全米のあちこちで移民捜査官によって拘束され、送還されたドリーマーのニュースが流れる。

 数日前、トランプはメキシコ国境に巨額の壁を建て、移民法を厳格化することと引き換えに「ドリーマーに10〜12年後に市民権を与える」ことを提案したが、トランプの言葉を信用する者はいない。ドリーマーたちは不法移民だが「人間」だ。駆け引きのコマではない。アメリカで育った彼らの人生を、アメリカは守る必要がある。

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