絵本作家のぶみが再生産する母性神話、「あたしおかあさんだから」炎上で考える

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 おそらくのぶみは、創作物の受け手となる「母」を強く信頼しているのだと思う。おかあさんなら、我が子のことが大好きなはず。おかあさんなら、自分よりも子供を優先させているはず。おかあさんなら、それでも子供を産んで良かったと思えるはずだと。そこにあるのは母性神話の再生産で、女性が社会で働くうえで足枷になってきた“第三者からの呪い”ではないだろうか。

 子供を産み育てる以上、親の責任は重大だが、実際のところ、それほど盲目的な献身をしなくても子供は育っていくだろう。けれど強固な母性神話、母親への規範が蔓延っているがゆえに、母親になったときから過去の自分と切断され、「あたしおかあさんだから」に沿った生活をしなければいけないと思い込む実直な「おかあさん」はたくさんいる。休みたい、自分の時間がほしい、頑張りきれない……とSOSを出したくても出せない「おかあさん」がこの歌詞で救われるとしても、それ以前に「おかあさんだから」で子育てのすべてを背負う状況に目を向けたほうがいいのではないか。

 私は母親だけれど、のぶみが信頼を寄せる「おかあさん」のような母親ではない。育児をおこなうのは、あくまでも自分の「ある側面」であり、母親としての自分が自分そのもの、自分のすべてではないので、「おかあさんだから」という理由であれこれ我慢したりはしない。「おかあさんだから」「おかあさんだけど」「おかあさんなのに」といった言葉が飛び交っても、おかあさんになる以前と地続きの人生を生きている。

 この歌詞に共感する「おかあさん」はとても頑張っている人なのだろうと思う。もし『あたしよりあなた(子供)の事ばかり』で家族を優先しているならば、自分自身の体や心も大切にしてほしい。『好きな事して 好きな服買って 考えるのは自分の事ばかり』でもいい。誰かのために働くのも、自分のために行動するのも、どちらが優れているということはない。

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