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生瀬勝久が大人の魅力で繋げる、古代ギリシャと現代日本の「正義」

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 クレオンを演じるのは生瀬勝久。王の重厚さとともに、姪と息子の幸せな未来を願う人間味が溢れていたのは、持ち味でもある飄逸な演技の巧みからくるものかもしれませんが、劇中一番驚いたのは、実は生瀬のセクシーさでした。

 神の予言がない世界の中でどうやって生きていくかを模索しているのは、王の座を望んでいたわけではなかったクレオンも、アンチゴーヌと同じです。ただ、すでに社会というものを知っている彼は、不条理な現実に目を瞑る術を身に着けています。

 近年は映像作品でも、俳優が年齢を問わず白髪を染めない、あるいはまだらな髪色をあえてシルバーに染めての出演が話題になりますが、生瀬も綺麗なシルバーヘアで登場。魅力的な低音の声と、小娘であるアンチゴーヌ相手であっても対等に接し、利を説く誠意と相まって、大人の男性の色っぽさがダダ漏れでした。

 その色気が、クレオンも悩めるひとりの人間であることを強く意識させ、「アンチゴーヌ」の世界は神話めいた古代の寓話ではなく現代と地続きなのだと実感させる説得力を持っていました。

 アンチゴーヌは次兄と特別仲が良かったわけではなく、兄たちはむしろ自分本位な愚者でした。それでも弔いは「誰のためでもないわ。わたしのため」と言い放つアンチゴーヌは、生き埋めの刑に。しかしその墓の中にはエモンが忍び込んでおり、2人は一緒に黄泉の旅路につきます。それを知ったクレオンの妻である王妃も自害し、王は孤独の中で国を守る道を歩むことになります。

生きた人間同士、徹底的に向き合う

 権力を持つ人間の一声で変わる世の中に絶望したアンチゴーヌも、大勢のための秩序を求めるクレオンも、どちらの主張も間違いではありません。作者のアヌイも、何が正解なのかは劇中で提示していません。ただ、人間の不可解さや世界の不条理さを少しでも解決する術として、生きた人間同士が向き合うことの重要性を伝えているように思います。

 初演当時のフランスはナチスの占領下にあり、レジスタンスが敵性外国人のテロリストとして処刑されていく世の中でした。兵隊役の俳優はゲシュタポを思わせるような衣裳で、アンチゴーヌは圧政下の抵抗の表現としても好評を博しました。しかし同年8月にパリが解放されるとレジスタンスが神格化され、クレオンが悪人として描かれていないことやアンチゴーヌが他者のために死ぬわけではないことなどから、ドイツ軍へおもねっていると批判が殺到したそうです。

 人の主張が立場によって反対になるのと同じく、同じ戯曲であっても政局によって評価が逆転します。国や地域、違う思想の持ち主同士の距離が短くなった現在だからこそ、その皮肉さに思いを巡らせる必要性を、改めて思い直してみたいものです。

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