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町山智浩×水道橋博士×古泉智浩×枡野浩一「サブカルの歴史を語る~雑誌と年表編」【2】

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「古泉さんの“サブカルチャーは雑誌”は正しい」(町山)

町山 いとうさんは、大学時代にはもう有名で……。そのころ「大学生ブーム」っていうのがあったんですよ。博士は知ってると思うけど。

古泉 『オールナイト・フジ』みたいなのですか?

町山 そうそうそう。大学生がいろんなイベントに出たり、テレビに出るっていう、すごく気持ち悪い大学生ブームってのがあったの。

古泉 あっ、『ザ・ガマン』とかもそんな感じですか?

町山 そ! その通りですよ! 大学のサークル単位で出るっていう。で、そのときにPARCOが学生のお笑いコンテストをやったんですよ。そのとき最後まで残った3人が確か「いとうせいこう・デーモン小暮・小峯隆生」なんです。

古泉 えっ、デーモン小暮さん?

枡野 デーモン小暮さん……。

古泉 小峰隆生さんは『週刊プレイボーイ』編集者の! すごいメンバーですね!

町山 それがトップ3だったんです。

古泉・枡野 ほおおお~~!

町山 それで、いとうさんはそのときに「優勝したらなにがしたい?」って聞かれて、「タモリさんの手伝いがしたい」と言って、タモリさんの『オールナイトニッポン』のハガキを選ぶ仕事に就いたという……

博士 あの、ごめんごめん。このあたり、正確に言うと、いとうさんはADを1年やるんですよ、タモリさんの番組の。そして大学5年目に断り切れず、ニッポン放送でラジオの帯番組を開始してるんです、いとうさんは。

古泉 カッコいい~!

博士 大学5年行ってるんですね。

町山 だから俺と入社が同じ年なんだ!

古泉 でもラジオのレギュラー1年間やってから出版社に就職するのがすごいですよね、いとうさん。

博士 それで、ニッポン放送と雑誌『ビックリハウス』[]が組んだ「珍芸自慢大会」というライブに出演するんです。

町山 審査員が『ビックリハウス』編集長の高橋章子さんだったんですね。

博士 高橋幸宏さんもいて……

古泉 YMO

町山 審査員には景山民夫さん(作家)もいて、いとうさんは景山民夫さんのグループに入るんです。だからさっき古泉さんが「サブカルチャーって雑誌なんでしょ」って言ったけど、それは全く正しいね。「ビックリハウス」が始まりだから。雑誌なんですよ!

古泉 そうですよね!

町山 『ビックリハウス』は読者の投稿が中心のジョーク雑誌で、僕は中学2年の頃に何回か採用されて、僕らやケラさん……大槻ケンヂくんとかは、「ビックリハウサー」と呼ばれる『ビックリハウス』の投稿者グループなんですよ。

枡野 大槻さんが投稿してたのは知ってるんですけど、町山さんも投稿されてました?

町山 僕もちゃんと投稿していて、その頃は韓国籍だったから、やなぎ……柳って名字で。(投稿者の順位で)2位かなんかになってますよ。

古泉 すごいじゃないですか!

博士 俺も当時『ヘンタイよいこ新聞』[]に投稿してた……。

町山 『ビックリハウス』って、ラジオの深夜放送の雑誌版だったんですよ。だから深夜放送もサブカルじゃない? そう考えたら。

枡野 そうですよねえ。

町山 大槻ケンヂくんは僕より一つか二つ下で、投稿してたのね。

枡野 「ビッグムーン大槻」とかいう名前で、確か。

町山 『宝島』は、『ビックリハウス』の前からあって。最初、アメリカの『Rolling Stone[]っていうロック雑誌の日本版として企画されていて、版権がとれなくて、『ワンダーランド』という雑誌でスタートしたんです。

博士 それはだって、『宝島』には植草甚一時代もあるから。

町山 もともとアメリカの『Rolling Stone』っていうのは同人新聞だったんです。

古泉 本を読みましたよ。『ローリングストーン風雲録』。

町山 若者たちのロックや政治批評を集めた新聞だった。そこから発生したものが「カウンターカルチャー」なので。アメリカではそういう同人誌は「ZINE(ジン)」と呼ばれて、70年代のアングラカルチャーを牽引したんですね。。

博士 それでいったら、俺でいうと『スタジオボイス』[]がすごく『Rolling Stone』に似てて、その誌面に出てきてた人が、サブカル感がまずすごい強いですね。

古泉 『スタジオボイス』はデザインがカッコよかったんですよ。

町山 『スタジオボイス』はアメリカの『Interview』という雑誌をもとにしてたんですよ。アンディ・ウォーホルが創刊した雑誌。

博士 そう。『Interview』誌と提携してた。

町山 だからニューヨークのサブカルチャーが『Interview』で、サンフランシスコが『Rolling Stone』だったんです、アメリカでは。それで『Rolling Stone』から『宝島』が生まれて、『Interview』から『スタジオボイス』が生まれたんですよ。その『スタジオボイス』にみうらじゅんさんが連載してて、その担当編集者が『宝島』編集部に来たりして、それで2つの編集部で行き来があったんですよ。

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