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「ヤング・レディ、お先にどうぞ」
エレベーターで乗り合わせた年配の黒人男性が、そう言ってドアを指す。男性はニコニコしている。笑顔は伝染する。私も笑顔で「オー、サンキュー」と言って先にエレベーターを降りる。実のところ、私はもう“ヤング・レディ”と呼ばれるべき年齢ではないのかもしれないが、そこはポイントではない。ここハーレムでは皆がお互いをスウィートに呼び合うのだ。
ハーレムはニューヨークのマンハッタンにある黒人街だ。南部諸州からやってきた黒人たちが暮らし始めたのが1920年頃ゆえ、黒人の街として100年近い歴史を持つ。そもそもは白人のために造られた街なので、建物はどれもヨーロッパ調の美しいデザインだ。手の込んだレリーフが入り口や窓枠に取り付けられたアパートメント・ビル、ブラウンストーンと呼ばれるシックな外観の住居も多い。
さまざまな理由が重なり、ハーレムが徹底的に荒廃した1970~80年代にはこうした建物も相次ぐ放火で外観が黒ずみ、窓ガラスは割れ、廃墟と化し、本来の美しさを見ることはできなかった。いまだに「ニューヨークは危険」「ハーレムは怖い」と言われる所以だ。しかし再開発の恩恵により、今では見事によみがえっている。歩道が広く、高層建築もまだほとんどないため、晴れた日には青空が大きく広がる、とても美しい街だ。
歩道が広いと人が集まる。露天がたくさん出る。立ち話しをする人も多い。古い街なのでお互いに旧知の住人が道でばったり、の光景にもよく出くわす。そんな時、ハーレムの人たちはなんとも嬉しそうに声を掛け合う。
A「ヘイ! 調子はどないや?」
A: Hey! Wazzup?
B「わお! ぼちぼちやな! そっちはどや?」
B: Wow! Nothin’ much, nothin’ much! How you doin’?
A「よぅ! ええ感じやで、ほんま。どや最近は?」
A: Yo! Good, for real. Wassup?
B「いやぁー、そこそこやってるで!」
B: You know, I’m doin’ ok!
A「ほんまか? そらええわ! ほんで…(以下略)」
A: Oh yeah? Cool, sweet! Oh…
こんなふうにお互いの近況報告が延々と続くのだが、具体的なことは何も話していない。驚くのは、このグルグルまわる会話に同じ言葉やフレーズがほとんど使われないことだ。同じことを何度も何度も異なる言い回しで喋り続ける。黒人英語は口語のフレーズがとても豊富なのだ。しかもとてもリズミカルに話す。聞いていて心地のよい理由だ。