日本は、先進国の中でも男女間の学歴やスキルによる賃金格差が最悪の水準にあります。その上、日本の企業は女性のスキルを磨くことに比較的消極的である上に、学歴やスキルの差では説明できない賃金格差も最悪な水準にあります。
これら3点については前回の記事で取り上げましたが(学校教育だけでは教育問題を解決できない。女子教育の促進を阻害する男女の賃金格差)、読者の中には「そもそも女性のスキルが職場で活用されていないのでは」という疑問をいだいた方もいるのではないでしょうか?
そこで今回は、OECD(経済開発協力機構)が実施している成人力調査(PIAAC: Programme for the International Assessment of Adult Competencies)のデータを使って、日本の女性が持つスキルは職場で活用されているのかについてお話をしていこうと思います。
日本の女性が持つスキルはどの程度なのか?
まず日本の女性のスキルレベルと、男女間でのスキルレベルを見ましょう。
図1は、数学において複雑な問題をこなせる女性の割合(PIAACのNumeracyの項目でレベル4以上の女性の割合)と、このスキルレベルにおける男女間の差を示しています。
日本の女性は他の先進諸国の女性と比べても高い数学能力を有していることが分かります。しかし、これと同時に、日本の男女間の数学能力の格差も他の先進諸国と比べて大きいことも分かります。スペースの都合で他の分野のスキルの詳細については割愛しますが、この傾向は数学だけでなく、ICT(情報通信技術)スキルや問題解決能力についても見られます。つまり、日本の女性は他国の女性と比べて優秀ではあるものの、男性と比べた時の相対的な能力については先進諸国の中では最下位グループに沈んでしまうということです。
スキルの男女間格差と、職場でのスキルの活用の男女間格差
次に男女間のスキル格差と職場でのスキルの活用格差について見ましょう。
図2は、男女間の職場での数学スキルの活用格差(調整前)と、先ほどの男女間の数学スキル格差を併せて示しています(「調整前」については後述します)。ここでもスペースの関係で数学スキルに絞って議論を進めて行きますが、このあと議論する傾向は他のスキルについても比較的当てはまる傾向が見られます。また、数学能力は言語能力に比べて賃金への影響力が強いので、男女間の賃金格差を論じる時に見るスキルとしては、他のスキルよりも当てはまりが良いスキル分野となります。
一般的に男女間の数学スキルの格差が大きい国ほど、職場での数学スキルの活用格差も大きくなります。数学のスキルを持ち合わせていなければ、職場で数学スキルを活用できるはずはないので、この傾向自体は自明なものですが、細かく見るといくつか興味深い点が浮かび上がります。
まず注目したいのは、ポーランド・スロバキア・スロベニアのような国では、他国同様に男女間で数学のスキルに差はあるにもかかわらず、それを活用しているのは女性の方が多いということです。ここからわかることは、職場でどんなスキルを活用するかは、能力以外の要因があるかもしれない、ということです。ここから「職場で理数系のスキルを活用するのは主に男性が望ましい」といったステレオタイプが影響している可能性が考えられます。
このことは、別の国を比較しても言えることです。例えば、フランスとチェコでは数学スキルの男女差は同程度ですが、職場での数学スキルの活用格差については倍程度の違いがあります。似たような関係は日本とベルギーについても当てはまります。実際の男女間の数学スキルの格差以上に職場での男女間の数学スキルの活用に格差が生じたり縮小したりするのは、雇用慣行や文化の違いによるものなのかもしれません。
日本の状況を見ると、先進国の中ではオランダに次いで職場における男女間の数学スキルの活用に差がある国だということが分かります。しかし、なぜ女性の数学スキルが活用されていないのかは、このデータだけではわかりません。職場に問題があるのかもしれないですし、雇用慣行や文化的な問題なのかもしれません。もしかしたら女性のスキルを活用できていないのではなく、女性が従事することの多いパートタイムという雇用形態では、数学のスキルを活用できるような業務に就けないという可能性もあります。その場合、問題は女性のスキルを活用できないことではなく、スキルを活用できない雇用形態に問題があるということになるでしょう。
そこで次に「調整後」のデータをみてみたいと思います。ここでいう「調整」とは、男女間の言語能力と計算能力、労働時間、職業による差を一定にするという作業です。噛み砕いて説明をすると、この調整を行うことによって、同じスキルレベルで同じ職業で同じ雇用形態で働いている男女で、スキルの活用度合いにどの程度差が生じているのかを見ることが出来ます。
日本の女性は職場でスキルを活用されていない
図3は、調整前と調整後の男女間の職場での数学スキルの活用格差を示しています。
図が示すように、調整前に比べれば改善してはいるものの、調整後も日本の女性のスキルは、先進国で最も活用されていないグループに入ります。調整後にスキル活用格差が半減したということは、現状の男女間のスキル活用格差の半分程度は女性のスキル水準が低かったり、男女の職業や雇用形態の差によるということですが、半分以上はそれ以外の要因で、職場で女性のスキルが活用されていないということになります。
私は専門が途上国の教育なので、日本の職場で何が起こっているのか完全には理解していませんが、スキル水準や職業・雇用形態以外の要因によって男女間で職場におけるスキルの活用に差があるのであれば、それは恐らく職場に女性差別があるためではないかなと思います。もし職場で男性と比べて自分の能力が活かせていないと思う女性達がいた場合、そう思う理由の半分程度は雇用形態や教育問題によるものなのですが、残りの半分以上は男女差別である可能性があるのです。
あとがき
私はネパールの農村で生まれた低カーストの女の子と、日本の東京で生まれた富裕層の男の子が、将来机を並べて働くような日が来ると良いなと思って、日本を離れて、国際機関に就職し、途上国の子供たちのために10年ほど働きました。そして今も、将来さらに活躍するためにアメリカの大学院で研鑽を積んでいるところです。
日本を離れてから数多くの優秀な日本人女性の同業者に出会いましたし、日本人の国連職員は女性の方が多いと言われています。そういった方々と話をしてみると、日本の職場が合わなかった、日本では活躍できると思えなかった、という声を耳にすることがあります。もちろん優秀な人が世界平和や貧困撲滅のために身を粉にして働いているのは頼もしくありますが、それと同時に、優秀な人が国内に留まってはそのスキルを活用できないからという理由で日本を飛び出してしまったのであれば、自分も日本人としてもったいないなと感じてしまいます。
女子教育と女性の労働問題は鶏と卵の関係だというのは何度も言及していますが、就職してもその能力を活かせないのを女の子たちが敏感に感じ取っているのであれば、それはやはり日本の女子教育の拡充にとって大きな足かせとなってしまいます。
現在の日本では一億総活躍が謳われているようですが、日本国民一人一人が持つスキルを最大限発揮できる社会になると良いですね。