ここから本題に入りたい。8.6秒バズーカーはツイッターなどで「日本から出て行け」「祖国に帰れ」といったコメントがあったことに対し、動画内で以下の発言をしている。
「僕たち両親ともに日本人で。本当に僕たち日本人です」
ネット上では、保守的、右翼的な価値観を強くもつユーザーが、気に入らない人間を、韓国人や中国人など特定の国の人間と認定することがある。そうしたネットユーザーは、韓国人や中国人のレッテルを貼ることでその人を侮蔑できる、と考えているわけだ。
wezzyでは過去に、『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した千葉雄大が、MCの上田晋也から「コッチ((手のひらを顔のそばで返す。男性同性愛者を揶揄するジェスチャー)だよね?」と問われた際に、それを否定も肯定もしない対応をとったことを賞賛する記事を掲載した(上田晋也が同性愛者の揶揄を「イジリ」に使うことの問題性)。
千葉雄大の対応が賞賛に値するのは、差別的に特定の属性を負のレッテルとして貼りつける人間と同じ土俵に上がっていない点にある。もしここで千葉が「やめてくださいよ、違いますよ」と否定していたら、千葉が「同性愛者は、否定しなければいけないネガティブなもの」であると考えていることになる。たとえ本人がそう考えていないのだとしても、結果的に、差別的発言を行う人びとと同じように、性的マイノリティへの差別に加担することになってしまう。
8.6秒バズーカーがデマの被害者であることに間違いはない。実際、スポンサーにクレームを付けられ、収録した番組が放送されないなどの被害にもあっている。長い間放置してきたことによって、噂が過激なものになっていったという経緯もある。だからこそ彼らは噂を否定するために発言したのかもしれない。だが、「僕たち両親ともに日本人で。本当に僕たち日本人です」という発言は、「韓国人であることを否定しなければいけない」「韓国人でないのだから誹謗中傷を受けるいわれはない」という価値観の表明になってしまう。
こうした指摘に対して、おそらく、「ただ事実を言ったに過ぎない。そういう風に受け止めるほうが差別的だ」と反応する人もいるだろう。しかし差別発言を考える際に重要なのは、発言者の「意図」ではない。文脈や状況といった背景を踏まえることにある。そして現在の日本は、残念ながら、なんら政治的な色もなく、「韓国人」「同性愛者」などを否定できるような状況にはない。
もちろんなにより問題なのは、ネット上で拡散されていった荒唐無稽な噂であり、特定の属性をレッテルとして貼り付け差別的な発言を行う人びとであることに間違いない。
8.6秒バズーカーだけでなく、有名人は様々な誹謗中傷に晒されやすい存在だ。横浜ベイスターズDeNA・井納翔一が、ネット上で行われた妻に対する中傷に対して訴訟を起こしたことが報じられているし、タレントの山里亮太も法的措置を検討していると言っている。一方、複数の加害者が逮捕されているにもかかわらず、現在も一部で殺人事件の実行犯であるという誹謗中傷が書き込まれているスマイリーキクチのような例もある。
動画内で8.6秒バズーカーは視聴者に伝えたいこととして、「デマ被害は放置せずきちんと否定しよう」「さらに悪質な場合は法的な対処を行おう」といっていた。しかしデマを信じ切っている人びとや面白おかしくイジる人びとは、当人がどれだけデマを否定しても、そうした行動をやめることはないだろう。そして法的な対処が行われたとしても、誹謗中傷が完全に止むこともないのだろう。
この惨状は放置し続けてよいものではない。そのためには名誉毀損などを厳罰化する、ネット上の設計を変更する、現行の理念だけ掲げ罰則規定のないヘイトスピーチ規制法を改正するなど、様々な手段が考えられる。だがなにより私たちがはじめにできるのは、ネット上の書き込みを素直に信じないこと、そして自ら誹謗中傷を書き込まないようにすることだ。特に後者は、今すぐに始められる簡単な方法のはずだ。ネット空間を、そして社会を自由で快適にする担い手の一人は私たちにある。
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