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山口敬之を「番記者だっただけ」と捨てた安倍首相、どちらかがウソをついている

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武田砂鉄

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 安倍首相が、1月30日の衆議院予算委員会で、希望の党・柚木道義議員からの質問に答え、伊藤詩織が著書『Black Box』でレイプされた相手として名指しした元TBS記者・山口敬之との関係について、「記者として私の番記者であった者が『取材をしたい』ということで取材を受けたことはありますよ。それ以上のものでも以下のものでもない」と述べた。

 顔を出して告発した伊藤に対し、身内の右派サークルに向けてのみ弁解し、雲隠れを続ける山口。この事案についての記事やインタビューをひとしきり読んできたので、安倍の反応には非常に驚いた。

 本連載では、伊藤の著書が発表された後に記された山口の手記に、意図的な隠蔽や誤った解釈が含まれている旨を再三指摘してきたが、その執筆記事を紹介するツイートを投じてみると、「結局は、何でもかんでも安倍政権に繋げて、否定したいだけのお花畑って事ですね」といった、何でもかんでも安倍政権擁護に繫げたい方々からのメッセージをいくつか頂戴することとなった。

 伊藤自ら、方々のメディアで発信し続けたこともあり、そのまま揉み消されていたであろう事案が各所で論証された。山口のことを擁護し、手記掲載の場を与えた雑誌『月刊Hanada』の編集長・花田紀凱は、自身が出演する動画チャンネル「週刊誌欠席裁判」で、山口の手記にある、ホテルの部屋で伊藤が吐瀉したとする描写を受け、「そんな人をさ、強姦しようと思う? 普通。いやー、気持ち悪いですよ」と言い、伊藤を責め立てながら山口を擁護した。その後、さすがに世に渦巻く違和感と怒りを感知したのか、山口を事件発覚前のように常連寄稿者として戻すことはしていない。助成金を不正に受け取ったスーパーコンピューター詐欺事件で逮捕されたPEZY Computingの齊藤元章社長と山口の関係が取りざたされると、同チャンネルで、うやむやな対応に終始していた。

 以降に紹介するが、安倍首相と山口は明らかに昵懇の仲だった。ならばなぜ、今になって「番記者にすぎず、それ以上のものでも以下のものでもない」と言ったのだろう。山口に対する世間の目が厳しくなってきたから、ここら辺で斬り捨ててしまおう、との判断なのか。森友学園にしろ、加計学園にしろ、自分と近しい関係から生まれた事業に癒着の疑いがかけられると、安倍は、知り合いだからって優遇するはずがないでしょう、と一本調子で逃げてきた。新たな書類や音声資料が出てこようとも、とにかく自分は直接関係していないんだと遠ざけ続けた。その欺瞞に多くの国民は気づいているが、決定的証拠ではないと逃避しながら一致団結する政府は、報道の嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。その手口は、何だかんだで成功しているのだろう。

 こういうことを書くと、先述の通り、「結局は、何でもかんでも安倍政権に繋げて、否定したいだけのお花畑って事ですね」と言われてしまう。よし、それならば、「否定したいだけのお花畑」が今日限りで改心して、本稿では、安倍首相を擁護してみたい。つまり、安倍首相と山口敬之の関係は、安倍首相が言うように、「記者として私の番記者であった者が『取材をしたい』ということで取材を受けたことはありますよ。それ以上のものでも以下のものでもない」という見地に立ってみる。安倍首相は、ウソをつく人なんかじゃない。ボクの頭がお花畑だから、いつも安倍さんのことをウソつき呼ばわりしてしまったのだ。安倍首相は、山口と特別に親しい関係ではないのだ。

 というわけで改心したボクは、山口敬之の著者『総理』『暗闘』を読み直すことにした。安倍首相が、山口とはただの番記者としての付き合いしかない、と言うのだから、山口の本に記されている安倍首相との蜜月の描写は、全てウソということになる。

「これ、あさって衆議院を解散する時の会見原稿なんだけどさ、ちょっと聞いてみてよ」

(安倍晋三首相発言・山口敬之『総理』幻冬舎文庫)

 以下のカギカッコの引用は、全て『総理』からのものである。第一次安倍政権時、安倍の辞任が取りざたされる中で、東京・富ヶ谷にある安倍の私邸に出向いた山口が、安倍とこんな会話を交わす。

「体調悪そうですから今日は早めに失礼しますね」
「あ、そう。帰国早々来てもらってお疲れ様だったね」
「これからはたまに電話しますから、ちゃんと出てくださいよ」
「電話嫌いの山口君らしくないね」

 とても親密な仲に思えるが、安倍首相が言うのだから、「それ以上のものでも以下のものでもない」の範疇なのだろう。

 ならばこれはどうか。
 2009年、中川昭一議員が亡くなると、山口の携帯に安倍から電話がかかってくる。

「お通夜に行くんだけど、一緒に行かないか?」
「もちろんです。ありがとうございます」

 山口は安倍の自宅で待ち合わせをして葬儀会場に出かける。会場につくと、親交のあった山口に対し、中川の妻が「主人に戒名をつけて欲しいんです」と申し出る。山口は「安倍さんに相談してみましょう」と返し、すぐさま連絡すると、安倍は「えぇ? 昭一さんの? そりゃ大変な役を引き受けちゃったね。どうするの!?」と驚きつつ、戒名を考えることを承知する。翌朝、安倍は山口に電話をし、考えついた漢字を伝えた。

 もういっちょ、これはどうか。
 オーストラリアのブリスベンに、財務省・中央銀行総裁会議に出席するために訪れていた安倍は、14階にあるホテルの一室に山口を呼び出す。そこでこんな会話を交わす。

「よぉ、元気そうだね」
「そういう安倍さんも、生気が漲ってますね」
「そりゃ、明日の帰国早々衆議院解散を宣言するんだからね」

 ビールを口にした安倍と会話を続ける山口。安倍は立ち上がり、デスクに置いてあった原稿用紙を手にする。

「これ、あさって衆議院を解散する時の会見原稿なんだけどさ、ちょっと聞いてみてよ」

 安倍が読み上げる原稿は、「読み終わるまでに私の時計で16分少々かかった」。その様子について、「敢えてゆっくりと冷静に読み進める様子が、逆に安倍の気迫をにじませていた」と記す。最後まで聞き終えた後、山口は別の階にいる麻生太郎から呼び出され、その旨を安倍に伝えると、安倍は山口に「山ちゃん、ちょうどいいからさ、麻生さんが今何を考えているかちょっと聞いてきてよ」と言われた。麻生の下に出向き、葉巻を燻らせる彼と、「おい、ちょっとこっちで話そうか」「安倍から話を聞いているか?」と会話が始まる……。

 「お花畑」のボクが読むと、やっぱり「それ以上のものでも以下のものでもない」の範疇とは思えないのだが、安倍首相がそういうのだから信じてみよう。山口は『総理』のあとがきにこのように書いている。

「私は親しい政治家を称揚するために事実を曲げたり捏造したりしたことは一度もない。それはジャーナリストの仕事ではないからだ」
「本当のジャーナリストが自らの支えとするのは『事実に殉じる』という内なる覚悟だ」

 山口が記した安倍とのエピソードが事実ならば、番記者としての付き合い以上のものであることは明らかである。だが、安倍首相は「それ以上のものでも以下のものでもない」と言い切った。「何でもかんでも安倍政権に繋げて、否定したいだけのお花畑」が、意識的にそうならないように安倍首相を信じてみる。安倍首相の見解を肯定するための結論はひとつ。山口が言っていることが全てウソ、である。

 安倍首相を熱烈に支持する人たちの意見を間借りすると、安倍首相はウソをつくような人ではない。ならば、山口がウソをついていることになる。上記は全部ウソなのか。そうでなければ、話がおかしくなる。「事実に殉じる」と断言しているジャーナリストが、これだけの話を捏造しているのだとすれば、安倍やその周辺は、もっと山口を手厳しく追及しなければならないはずである。信用が著しく損なわれているわけで、名誉毀損で訴えるべき事案だとすら思える。

 こちらが、お花畑だろうが焼き畑だろうが、確実に言えることは、

・安倍がウソをついている
・山口がウソをついている

 このどちらか、ということだ。一体、どちらがウソをついているのだろうか。

 ちなみに、「FLASH」(201836日号)では、「安倍首相『疑惑の披露宴出席写真』を発見!」との記事があり、安倍首相が官房副長官を務めていた小泉内閣時代の2002127日、都内の一流ホテルで開かれた山口敬之夫妻の結婚披露宴に出席し、楽しげに話す2人の写真が掲載されている。あらためて、「番記者時代に取材を受けただけ」という安倍首相はウソをついていないのだろうか。ウソをついていると思う。そう思ってしまうのは、やっぱり自分がお花畑だからなのだろうか。

武田砂鉄

ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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