アメリカ永住もラクじゃない〜日本に里帰りした3つの理由

文=堂本かおる
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息子〜日米のアイデンティティに揺れる

 13歳の私の息子は姪の美しい白無垢姿、格調高い神前式に目を丸くしていた。貴重な体験になったようだ。結婚式以外にもうひとつ、日本ならではの風景を見せてやろうと思い、翌々日に二人だけで大阪から奈良まで足を伸ばした。春日大社ではシカせんべいを買ってシカに追い回され、途中の土産物屋ではおきまりのオモチャの日本刀を買い、東大寺では巨大な大仏を見上げて息を呑んだ。

 これも笑えたのが、息子が大仏の螺髪(らほつ)と呼ばれる髪を見て、「ブッダはアフリカン・アメリカンだ! ボクと同じブラザーだ!」と喜んだことだ。

 息子は養子で、人種的にはアフリカン・アメリカンであり、日本人の血は入っていない。だが日本は大好きだ。そもそも今のアメリカの子どもに浸透しているコミック、アニメ、ゲームは日本由来のものが多く、日本に親近感を抱いている子どもは多い。加えて息子には私が日々の生活の中で無意識に日本の文化や習慣を植え付けている。白米にふりかけのご飯といった分かりやすいモノだけではない。たとえば息子がキンダー(幼稚園)の時、なぜだかクラスで共用のカラーマジックのキャップだけをいくつも持ち帰ってきたことがある。アメリカ人の夫は「モノを盗ってはダメだ」と叱ったが、私は「ほかのお友だちがマジックを使えなくなるでしょう」と叱っていた。いわゆる、日本式「迷惑をかけてはいけない」である。

 6歳で初めて日本に連れていった時は大いなるカルチャーショックを受け、「アイ・ラヴ・ジャパン!」となった。やがて「ボクは半分ジャパニーズ」と言うようになり、11歳で再度、日本を訪れたのちは「ボクはジャパニーズだ」と言って夫を寂しがらせた。

 日本が大好きであることは、多文化を内包する意味でも大いに嬉しい。一方、息子はアメリカで生まれ育った黒人であり、日本語も話さない。もし本人の希望どおりにいつか日本に留学すれば、自分が「外国人」であることを思い知らされるだろう。それはそれでよい人生経験になるとは思う。そもそも多民族・多人種社会アメリカで中学生となった今、アフリカン・アメリカンとしてのアイデンティティが日に日に強まっていることも見て取れる。最終的にはものごとを複眼的に見られる人物になってくれることを願うが、そこに行き着くまでにアイデンティティの揺らぎが来るであろうことを親としては見越しており、その時はこちらがうまく対応してやれるようにならねばと思っている。

8歳から80歳まで〜さまざまな人生のステージ

 今回、家族全員で食事をともにしていて、ふと気付いた。最年少は弟の息子で8歳、最高齢は母で80歳だ。その間にあらゆる世代がいる。姪っ子は20代で結婚し、これから新たな人生を築く。大好きな仕事は続け、かつ子供も3人欲しいそうだ。甥っ子の一人は就職し、東京に越して一人暮らしを始めている。これまで家族と離れたことがなかったため、なかなか大変らしい。その両親(私の妹と、その夫)は子供二人が家を出てしまい、寂しそうだ。だが姪っ子に子供が生まれれば、また楽しく孫の育児をするらしい。

 弟夫婦は40代の働き盛り。先に挙げた8歳の上に12歳の男の子もいてにぎやかだ。この二人と “イトコ” にあたる私の息子は毎回、言葉が通じなくとも「侍戦隊シンケンジャー」など戦隊シリーズ(アメリカではPower Rangers )という共通項で仲良く遊んでいた。今回はお互いにiPhoneだの、iPadだのを持ち出し、翻訳アプリを使っていた。ところが子供の文法的に不正確な口語をアプリは「私を遊ばせてください」などと妙に訳すので、大人のほうが爆笑となった。

 義妹は子供たちに「せっかく親戚がおるんやから、ニューヨークに留学したらええのに」と言い、しかし子供たちは「英語しゃべられへんし……」と、腰が引けているのが面白い。叔母の私は「そんなん子供のうちはすぐ覚えられるし!」とそそのかし続けているのだが。

アメリカに永住するということ

 弟と義妹、妹と義弟は世代の違う子供を育てながら、父の最期を看取り、母の世話をしてくれている。自宅に同居させることはせず、老人ホームへの入居としたことは誰にとっても正解だと思える。それでも日々なにかと手がかかり、決して楽ではない。遠く離れたアメリカにいて何もできない私はひたすらに感謝するのみだ。

 私がニューヨークで結婚したばかりのころ、日本の友人知人によく「かっこいい!」と言われた。傍目にはそう見えるかもしれない。だがアメリカ永住は、実際には大変なことも多い。その筆頭は年老いた親の世話だ。弟と妹が親の近くに暮らし、かつマメに面倒をみてくれている私は非常に恵まれたケースだ。私の友人の中には一人っ子だったり、日本のきょうだいがなんらかの事情で親の世話ができず、頻繁に里帰りせざるを得ない人たちがいる。彼らは「最終的にどうにもならなくなったら親のために永久帰国をしなければならないかも……」と、漠然と考えている。ただし、それは親の今後の状態次第であり、先は決して読めず、予定も立てられない。自分の仕事や滞在資格(*)もかかわってくるため、心理的に大変な負担だ。

 私は恵まれているとはいえ、遠く離れて暮らしているために母に頻繁には会えない辛さがある。そのため今回はできる限り、母の暮らす老人ホームを訪れた。それとて弟か義妹の運転する車を頼ってのことだったが。

 ニューヨークの公立学校は2月に10日間の寒中休みがあり、運良く姪の結婚式がこの休みにかちあった。息子を連れて行けたのはこのためだ。しかし到着日と出立日を除く実質の滞在はわずか6日。結婚式、母の見舞い、息子の日本体験を優先すると、私が友人と会える時間がほとんど取れなくなってしまった。それでも宿泊先までわざわざ自著を届けてくれた友人もいて、感謝に絶えない。

 私自身はニューヨークが自分の居場所だと強く感じているが、日本が故郷であることは間違いない。離れて暮らし、たまにしか戻らない私を家族や友人はいつも暖かく迎えてくれ、アメリカ生まれの息子まで日本を「大好き」と言ってくれる。甥っ子たちが留学生としてアメリカにやってくるかは分からないが、「イトコがニューヨークにいる」ことは自覚している。もしかすると、こうした個人レベルのささやかな思いが積もり、人と国を少しずつ “グローバル” にするのかもしれない。そんなことを考えながら、家族が持たせてくれた外郎(ウイロウ)を食べつつ、この原稿を書き終えた。
(堂本かおる)

(*)日本政府は二重国籍を認めないため、在米邦人が米国籍を取得(帰化)すると日本国籍を放棄しなければならない。すると “アメリカ人” として90日以内の日本滞在はできるが、親の介護のための長期滞在もしくは日本永住が非常に難しくなる。これが在米永住邦人の大多数が米国市民権を取得しない理由のひとつだ。ところが今回、ニューヨークに戻ったその日に、あるニュースが飛び込んできた。ヨーロッパ在住の元日本国籍保持者ら8人が二重国籍などを求める訴訟を起こすというのだ。(堂本かおる)

「外国籍取得したら日本国籍喪失」は違憲 8人提訴へ

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